格が違う――というべきか。才能豊かで、今後の大きな活躍を期待させる20代の新鋭はいるけれども、一冊のなかで本格ミステリの過去・現在・未来を一望しているような得がたい気持ちにさせてくれる若手作家となると、今回ご紹介する阿津川辰海をおいてほかにはいない。

 著者初の作品集となる『透明人間は密室に潜む』(光文社 1800円+勢)は、いずれも特殊設定を活(い)かした、高水準かつバラエティに富んだ全4篇が収録されている。


 表題作は、細胞の変異により、全身が透明になってしまう「透明人間病」に罹患(りかん)した女性が、この病理研究の大家である大学教授を狙った完全犯罪を目論(もくろ)む、倒叙形式で始まる作品だ。透明人間といえども、好き勝手にひとの目を盗んで歩き回れるわけではなく、家族に気づかれぬよう徐々に非透明化の薬を減らし、消化の良い食事を心掛け、どこで透明化してどの経路で移動するか入念に考え、さらには――といったディテールが、まず目を惹(ひ)く。そしていよいよ計画が実行されるのだが、ここからの予期せぬ展開と伏線の妙、そしてとくに素晴らしいのが終盤でつぎつぎと明かされる盲点の発想だ。しかも本作には、現実の社会問題までもが巧みに組み込まれ、重要な機能を果たしている。まだ著者の作品に触れたことのない向きには、この一作を読むだけで、いま阿津川辰海が要注目の書き手であると充分ご納得いただけるだろう。

 その他の収録作も粒揃(つぶぞろ)いで、人気アイドルグループのファンの間で起きた殺人事件を審議する裁判員裁判の席が、思わぬ形で白熱の推理合戦の場と化し、驚きの着地に至る抱腹絶倒(ほうふくぜっとう)の異色法廷ミステリ「六人の熱狂する日本人」。ひと並外れた聴力を持つ若き女性探偵が手掛かりを集め、探偵事務所の所長が推理するという探偵コンビ誕生にまつわるエピソードを振り返る「盗聴された殺人」。客船を借り切って行なわれる脱出ゲームの裏で進行する犯罪をめぐる高密度な推理に舌を巻くこと請け合いの「第13船室からの脱出」。どれも過去の名作や傑作をこよなく愛する著者らしい演出が光り、年間傑作集に採られてもおかしくないほどの完成度を誇るものばかりだ。本格ミステリファンなら読み逃し厳禁。本年指折りの一冊と断言する。

 2020年2月、メフィスト賞作家の浦賀和宏が41歳の若さで亡くなったことは、言葉を失うほどの大きな衝撃をもたらした。『殺人都市川崎(かわさき)』(ハルキ文庫 640円+税)は、著者が脳出血で倒れる直前まで手掛けていた、遺作となる長編作品。


 主人公の赤星は、“地獄のような街”川崎で生まれ育った不良少年だ。高校入学までの束の間の春休み、赤星は同級生の七海に連れられ、川崎大師に隣接する公園に赴(おもむ)く。すると七海は、中学時代の担任である後藤美咲が、20年前に姿を消した伝説の殺人鬼“奈良邦彦”をここで目撃したと語り出す。しかも、じつは美咲が奈良邦彦に家族を皆殺しにされた生き残りで――という驚きの話が続くなか、突然、鉈(なた)を持った大男が現れ、七海を惨殺する。この男が、あの奈良邦彦なのか……。

 いっぽう、川崎を離れてタワーマンションが立ち並ぶ“お上品な街”武蔵小杉(むさしこすぎ)へと引っ越した愛は、以前の住まいからほど近い場所で起きた殺人事件の報に、想いを寄せていた赤星のことが頭に浮かび、奈良邦彦による一家皆殺し事件に興味を持つ従弟(いとこ)の拓治とともに川崎へと向かう……。

 デビューが早く、すでに20年を超えるキャリアを重ねていた著者の大きな魅力である、そのひと筋縄ではいかないひねくれぶりが本作でも存分に発揮されている。「川崎」に対する在住者ならではの自虐的ともいえる筆致には思わず笑いが込み上げてしまうが、所々で覚えていた違和感が後半のある場面で結びつき、真相の一端を垣間見た瞬間、大いに仰(の)け反(ぞ)ってしまった。千街晶之氏の巻末解説によると、著者は本作を皮切りとしたシリーズ化を構想していたとのこと。おそらくこの仰天必至のサプライズと赤星の最後の選択も、のちのエピソードの重要な伏線であったに違いない。残念ながらその企みの結果を見届けることは叶(かな)わなくなってしまったが、これからも浦賀和宏の名は日本ミステリ史のなかで唯一無二の異彩を放ち続け、本作は繰り返し俎上(そじょう)に載せられることだろう。