生き方を考えるといえば、奥田亜希子『愛の色いろ』(中央公論新社 1600円+税)。舞台は一軒のシェアハウス。男性二人、女性二人の住民たちはみな、ポリアモリスト、つまり複数愛者。住人内で何組かのカップルが成立しているが、他の住人が在宅の時は性行為は慎むなどのルールを設け、みな仲良く暮らしている。


 さまざまな恋愛志向のなかでも、ポリアモリーは理解されにくい。というのもただの浮気性と思われがちだから。ただ、なるほどと思ったのは、本作に登場する男女がポリアモリストになった経緯はさまざまだという点。もともとそういう性質だった人もいれば、生まれ育った環境によりすべてを人と分かち合うことに抵抗がない人もおり、好きになった相手がそうだったため半(なか)ば仕方なく受け入れた人もいる。つまり、自然とそうなったというよりも、自らの意志で恋愛スタイルを選択する生き方もあるのだ。もちろん嫉妬心や独占欲がないわけではないが、彼らは互いに言葉と誠意を尽くして関係を保とうとする。その関係は時に強固に見えるし、時にとんでもなく脆(もろ)くも思える。彼らの共同生活の行方は……。

 人を愛するとはどういうことか、恋愛関係とは一体なんなのか、人は人に何を求めるのか。そんな問いがたくさん心の中に浮かんでくる。読んだ後で、それぞれどう感じたのか、人と語り合いたくなる。

 現実の社会を投影させて作品を発表し続ける中村文則の新作は『逃亡者』(幻冬舎 1700円+税)。戦時中に使用され、悪魔の楽器と呼ばれるトランペットを所持していたことから、複数の謎めいた人々に追われることになったフリージャーナリストが主人公。亡くなったヴェトナム人の恋人との思い出を振り返るなかで外国人労働者の問題が浮かび上がり、彼女が遺(のこ)した物語としてヴェトナムの歴史が紐解かれ、さらに彼自身のルーツである長崎の、隠れキリシタンが拷問を受けた時代から原爆を投下されるまでが回想され、さらにさらに戦時中に従軍したトランペット奏者による、南方での過酷な体験を記した手記が挿入され……と、多層的なつくり。


 主人公がジャーナリストとしてぶつかった壁や、新興宗教の“リーダー”の思想なども盛り込まれ、これまでの著者の作品のエッセンスも凝縮されている。現代の外国人留学生の受難や隠れキリシタンの過酷な運命、戦中の従軍慰安婦の最期などは読んでいて胸が痛くなる。ただ、それもあえてのことだ。物語の前半に、主人公が日本の暗部を指摘する本を出版した時に「知りたくなかった」という感想を受け取って落胆したエピソードがある。それはこの本にもありえそうなことであり、それに対し「知りたくない現実から目を背けてはいけないのではないか」という作者の思いがこめられているといえる。

 とびきり不穏な物語といえば阿川せんりの『パライゾ』(光文社 1600円+税)。これまで若者の生きにくさを描いてきた著者が、がらりと作風を変えてきた。
 ある日突然、人間が鳥の形のような、黒いぐずぐずした物体に変容する奇怪な出来事が発生し、世界は終末の様相に。しかし、なかには人間の姿のまま生き残る人々もいた。彼らには実は、ある共通点が……。

 残された人間たちのドラマが連作形式で描かれ、時に意外なつながりが浮かび上がっていく。東京の各地や札幌(さっぽろ)などを舞台にして、路上のあちこちで“黒いぐずぐず”がピクピクと蠢(うごめ)いているなかで、電気も水道もガスも止まってゴーストタウンと化した街を移動する彼らの姿が、なんとも不気味に描かれる。彼らはなぜ生き残ることになったのか、明かされていく過去もまた、決して明るい話ではない。そこから少しずつ、人間の本質的な部分に対する疑念が浮かび上がってくる。ページを閉じてもどっしりと、重い感触が残される。使い古されて新鮮味のない言葉だけれど、これぞまさに、著者の“新境地”といえる作品だ。