新井素子作品にはまったのは中学生の時だった。それから幾星霜。新作『絶対猫から動かない』(KADOKAWA 2200円+税)をめくって、一気にあの頃に引き戻される――という感触はなかった。むしろ、「ああ、“今”の新井素子がいる!」という感慨がわいてきた。というのも、主要人物たちはみな50代以上の大人たちなのだ。


 地震によってしばらく停車した地下鉄に乗り合わせた日から、56歳の大原夢路は毎晩のようにその時の夢を見ている。やがて彼女はその車内に、人を喰らう生き物がいることに気づく。どうやら車内に結界が張られたらしいのだ。その日同じ車両に乗り合わせた人たちもみな同じ夢を繰り返し見ていることに気づいた彼女は、なんとか現実の世界で彼らとコンタクトを取り、この夢から抜け出そうと試みる。

 閉じ込められた人々と、人を喰らう人外の「三春ちゃん」との視点を交えて物語が進む群像劇だが、夢路の一人称が「あたし」、中年以上の男性たちの語り口調も若々しく、今時の4、50代ってこうだよね、と思わせる。みな、親の介護であったり子供との関係だったり、何かしら日常の悩みを抱えていて、そのなかで、この事態にそれぞれの考え方でもってアプローチしていく。個性際立つキャラクターたち、軽快な語り口調によるテンポのよさ、痛快かつちょっぴり切ないこのテイスト。ああ、これぞ新井素子だわ。冒険や闘いは若者たちのものとは限らず、人はいくつになっても、こんなふうに大暴れできるのだ、と思わせてくれたことが嬉しかった。

 一方、今読んでも充分面白いのだが、欲をいえば小中学生の時に読みたかった、と思わせるのが伊坂幸太郎『逆ソクラテス』(集英社 1400円+税)。小学生たちが主人公(成長した後日譚のパートもある) の5篇を収録。表題作では、一人の少年を「駄目な子」と決めつけて見下した態度をとる担任教師に対し、転校生の男の子がその「決めつけ」を撤回させようと、いろいろと策を練る。教師が見下すと生徒たちもその子を軽んじるようになるというのは自分の小学生時代を振り返っても本当にその通りで、だからこそ奮闘する姿が愛おしい。そして成長した後日譚でなんとも切なくなった。
 この短篇、プロローグ部分としてある人物がテレビで野球中継を見ている場面があるのだが、読み終えた後にそれは誰だったのか推測してニヤリとする。別の短篇では、なぜ人に意地悪をしてはいけないのかを教師が語る場面があり、まったく綺麗事ではない真実が語られていて説得力充分。「他人を傷つけてはいけない」というような説明ではいじめっ子はいなくならないだろうが(だってそういう子は傷つけたくてやっているのだから)、この説明なら一発で伝わると思った。他にも、社会の中で賢く生きるためのユニークな、しかしとてもまっとうなヒントが教えがちりばめられていて痛快。小中学生の時に読めば、何かすごく大きな助けになったような気がする。