絶望を見たとき人はどう対処するのか。これは価値観を打ち砕かれた世界のその後を生きる者たちの葛藤を描く三部作の、冒頭を飾る作品である。謎めいた詩人、孤独な艦長、ひねくれた兵士あがり、一家の落ちこぼれ、うだつのあがらないスパイ、そんな人々を達観したように眺める六本足のクリーチャー、そしてヒトの気持ちがまったくわからないでもない艦〈ドッグ〉彼女たちがスケールの大きな物語を動かす二〇一八年度の英国SF協会賞受賞作だ。
〈トラブル・ドッグ〉は十四歳の少女。人間と犬の遺伝子から殺戮を目的に作られた戦闘艦とその人工知能である。戦争中に惑星とその古い歴史をもつ知性ある森の破壊に携わったのち、嫌気が差して軍を辞めた。そして参加したのは人命救助団体である再生の家。人種、宗教、政治信条を問わず救助対象とする中立の立場のこの団体のために宇宙を飛び、人を救うことが〈ドッグ〉の贖いだが、もともと戦闘艦である彼女は本来の自分との乖離にすっきりしないものを抱えてもいる。
 そんな〈ドッグ〉の艦長はサリー。戦争では〈ドッグ〉の敵側の派閥だった。医療艦の指揮をとっていた彼女は戦いの実地経験がなく、口の悪いレスキュー隊員のアルヴァに艦長としての資質に疑問を抱かれて落ちこんでいる。親兄弟もなく、戦争の余波で愛しい人とも離ればなれになった彼女は個人的な事情からも、再生の家で活躍したいところなのだが、若く世間知らずな新人衛生兵のプレストンを乗員として押しつけられ、前途多難である。こうした人間たちを寡黙に観察しているのはノッドだ。人間とはかけ離れたその体型と能力から宇宙船の機関士として重宝されるドラフ族であり、生きて、働き、子をなし、最後に世界樹と共にいる者となって休むことを夢見ている。
 この〈トラブル・ドッグ〉と乗員の面々は、すべての惑星がオブジェのように彫刻された星系・ギャラリーを航行していた客船から遭難信号を受け取る。本書は語り手の名を冠した章立てがされており、遭難した船に乗っていた詩人オナの視点も交じる。これは単純な遭難ではなく、ただでさえトラブルだらけの〈ドッグ〉には対立する派閥のスパイも近づいてくる。ひとつのレスキュー・ミッションがあらたな火種になりかねない事態を切り抜け、生存者も救わなければならないというむずかしい局面に立たされることに。
 そもそも〈ドッグ〉たちが悩みを抱えることになったのは、手を出さないことが不文律のはずだった知性ある森への攻撃が発端だった。読者は、非道行為を正当化する大義名分の危うさを思い知らされる。誰しも自己弁護と罪悪感の両方を抱くもの。何が正しいのか、視点が変われば正義は変わり、その折り合いをつける難しさは、戦争から波及してさまざまなものにあてはまり、考えさせられる。とはいえ、本作品はギミック満載のスペース・オペラだ。生き生きと宇宙を飛ぶ〈ドッグ〉の愛らしさにくわえて、窮地に立たされた彼女がどんな反撃の手段を考えだすのか、期待していただきたい。
 ガレス・L・パウエルの日本での紹介は『ガンメタル・ゴースト』に続いて二作目となる。歴史改変もので仮想空間に囚われた猿が主人公というあちらの作品にも見られた、楽しさがぎゅっと詰まったテンポのいい展開と自由自在な想像力はますます磨きがかかっている。彼はリサーチの量について質問されたインタビューで、書かれているものはすべて自分の想像力から生まれたものであり、リサーチはほとんどしないと答えている。たとえば、宇宙のどこにでもいるエイリアンが必要だったから、そうした存在はどんな職業についていたら適切かを考え、そこからノッドたちドラフ族の姿形を生みだしたそうだ。
 パウエルは本業のSFの執筆のほかに寄稿やメディアやイベントへの出演も活発におこなっている。数年前、彼はSNSにおいてブレグジット等の話題で傷つけあうSFやファンタジーのファンたちに心を痛めて、建設的な行動を取ることに決めた。作家や作家志望者のためのヒントや助言をまめにツイートする姿勢は人柄がにじみでていてよいなあと見ていたら、その行動は二〇一九年には創作についてのノンフィクションAbout Writingという形に結実した。同年にノヴェラでミステリのRagged Aliceも上梓し、二〇一九年度の英国SF協会賞では長編部門、短編部門、ノンフィクション部門の三つで同時に候補となり、これは単一著者の作品では史上初のことだった。また、先日はステイ・ホーム中に読めるものとしてノヴェラのDowndraughtをフリー・ダウンロードで発表している。https://www.garethlpowell.com/downdraught/

 三部作二作目のFleet of Knivesでは謎の星系・ギャラリーに隠されていた存在が大暴れする。ますます艦長のサリーがつらくなる展開の一冊なのだが、無口な奴の重みのある言葉は響くもので機関士ノッドが最高! シリーズの最後を飾るLight of Impossible Starsはさまざまな謎が明かされてきれいな着地点を見せる良作なのでぜひ、みなさまにお届けしたいところ。

  二〇二〇年六月

〈著作リスト〉
◎長編
Silversands(Pendragon Press, 2010)
The Recollection(Solaris Books, 2011)

Ack-Ack Macaque
(Solaris Books, 2013) 『ガンメタル・ゴースト』創元SF文庫、二〇一五年 英国SF協会賞長編部門受賞、星雲賞海外長編部門候補
Hive Monkey(Solaris Books, 2014)
Macaque Attack(Solaris Books, 2015)

Embers of War(Titan Books, 2018) 本書 英国SF協会賞長編部門受賞、ローカス賞SF長編部門候補
Fleet of Knives(Titan Books, 2019) 英国SF協会賞長編部門候補、ローカス賞SF長編部門候補
Light of Impossible Stars(Titan Books, 2020)

◎ノヴェラ
Ragged Alice(Tor.com, 2019) 英国SF協会賞短編部門候補

◎短編集
The Last Reef and Other Stories(Elastic Press, 2008)
Entropic Angel and Other Stories(NewCon Press, 2017)

◎ノンフィクション
About Writing(2019) 英国SF協会賞ノンフィクション部門候補