mysteryshort200

 ジョン・D・マクドナルドはデビューが1944年で、スピレイン旋風を横目にパルプマガジンに量産し、50年にペイパーバック書下ろしで長編デビューすると、すぐに売れっ子となります。それでも、しばらくはペイパーバックライターでした。そのころ、アントニー・バウチャーから、ハードカヴァーと同等に読めるという賛辞を得ます。64年に『濃紺のさよなら』でトラヴィス・マッギーのシリーズを開始し、これが決定打となって大家への道を歩みます。こうした歩みは、第二次大戦後20年くらいの、アメリカにおけるミステリ作家のメインストリームを、もっとも成功裡に進んだ例のように思えます。ただし、ジョン・D・マクドナルドにあっては、タフガイ私立探偵ものから警察小説へ変化していく、すなわち、スピレインの亜流からエド・マクベインの亜流へと移ろう、多くの一群とは画される個性がありました。『ケープ・フィアー』『夜の終り』といった、クライムストーリイの長編が高い評価を得たのです。
 そのジョン・D・マクドナルドには二冊の邦訳短編集があります。『死のクロスワード・パズル』『牝豹の仕掛けた罠』で、1987年にサンケイ文庫から出ましたが、扶桑社ミステリーになってからも入っていたのかは分かりません。金子伸郎さんに訊ねれば分かるのでしょうね。原著は82年刊行の一冊本で、40年代後半から50年にかけてのパルプマガジンライター時代のもの(2編だけ52年初出が入っています)を、ネヴィンズJr.が発掘したものでした。ジョン・Dの短編集で邦訳があるのは、これだけですが、それは、あまり幸福なことではない。ありていに言えば、商業的に成功した作家の習作時代のパルプ短編を、大成したのちに落穂ひろいしたものです。著者がまえがきで「思っていた以上によくできており」などと書くものは、中身が危ぶまれても当然でしょう。
 巻頭の「保険調査員の休暇」は、邦題通りの調査員が主人公のディテクションの小説ですが、もってまわっただけで面白味のない展開の上に、女性との組み方もとってつけたような、作家の手つきが透けて見える。これでこの長さは書きのばしというものでしょう。続く「死のクロスワード・パズル」は、短かい作品です。妻殺しの完全犯罪に意外なオチがつくという、絵に描いたような〈スレッサーふうの短編〉です。しかし、いかんせんオチの切れ味が格段に落ちます(同じことは「本番、7分まえ」にも言えます)。「ミランダ」は、ふたたび長めの一編ですが、妻が愛人と共謀して仕組んだ自動車事故で、九死に一生を得た男が主人公です。妻の殺意を知って、それでも生き永らえ、自分を殺しそこなった妻を冷酷に観察している。そこに、親身になって彼の世話をしてくれるミランダという看護婦がからみます。ヘレン・マクロイとかシャーロット・アームストロングあたりが書きそうなサスペンス小説です。ただし、筆にねばっこさしつこさがなくて、いかにも軽い。このオチのつけ方は、アームストロングというよりはマクロイでしょうが、そこへの持っていき方が段取りに見えるのは、やはり手順がつくされていないからでしょう。「〈ノット・ライン・オブ・デューティ〉」は、第二次大戦中のセイロン(英領です)で、不名誉な死をとげた戦友の真相を追及する主人公が巻き込まれるスパイスリラーです。これも展開が遅い上に、陰謀があらわになってからは、逆に手軽なところに話が落ち着きすぎる。そもそも、冒頭で意味ありげに語られる主人公の空白の一年は、結局忘れ去られたままです。
 といった具合で、どこかで読んだような話が、わりと安直に再生産されるばかりなのです。「望遠レンズの女」「死者の呼び声」はパーク・フォークナーという共通した主人公が、金にあかせて、未解決事件の容疑者を自宅に招待しては、罠にかけるという話ですが、設定そのものにも、各話の構成にも、説得力というものが欠けていて、調子の良さが目立ちます。比較的好意を持てるのは「ブリキのスーツケース」「残された六番ピン」の主要登場人物の造形ですが、それにしても、オリジナリティを感じるには程遠く、うまく書けてはいるけれど、珍しいものではありません。

 64年に書きはじめられたトラヴィス・マッギーのシリーズは、そのうちのいくつかが邦訳され、日本でも一定の地位を得ました。それでもジョン・D・マクドナルドは中堅作家の域を出ることはありませんでした。早川の世界ミステリ全集に長編が採られることもありませんでした。70年代のミステリマガジンにいくつか短編が載りましたが、一読面白くは読めても、感銘を受けるには到らない。そういう書き手のように、私には見えました。
「ジョウ・リーの伝説」は、夜な夜な改造車を無灯火で暴走させるカップル――ジョウ・リーとそのガールフレンド――がいて、警察が取り締まりにやっきになっています。その夜、直線道路に入ったところで両端を封鎖してしまい、お縄にしようと網を張っている。新聞記者も張り付いて取材しています。道路周辺には、暴走仲間なのか、改造車らしき一群が集まってきている。企み通りに車が道路に入ったところで囲い込みますが、反対端まで追尾すると車が消えてしまっています。途中でコースアウトしたらしい。後日、運河の中に突っ込んだ自動車の中から、ジョウ・リーと連れの少女の死体が発見されます。このあと、話は突然ファンタスティックな展開を見せ、そういう意味では、先月読んだジョン・D作品と同じく、途中から逸脱していく一編でした。そのためか、この一編はSFのアンソロジーにも採られたようです。
「最終コーナー」は、やはり、自動車をモチーフにしていますが、こちらの主人公はヴェテランの域にさしかかろうかという、プロレーサーです。主人公は、インディ500に何度も参戦している歴戦のドライヴァーですが、成績はそれほど誇らしいものではありません。おそらくは最後のチャンスになるだろう次のインディ500で乗る車も決められない。万策つきて、周囲の反対を押し切って、大金持ちではあるが、レーサーに対して冷淡で、露骨に道具あつかいすることで有名なオーナーのもとへ、自分を売り込みに行きます。ところが、そこでは若手レーサーがすでにドライヴァーに決まっています。しかし、主人公が来たのを幸いと、オーナーはふたりを天秤にかけ、競うようにけしかける。あげく、余興のストックカー・レース(作中の正確な年代が分かりませんが、このころは、改造市販車によるレースのようです)に、ふたりを参加させ、勝った方にドライヴァーを任せると言い出します。
 以前、第二巻で紹介した、ホレス・マッコイの「グランドスタンド・コンプレックス」と比較すると、分かりやすいと思いますが、ある大きなものを賭けてレースに向かう、その大きさの内実が、ジョン・D作品からは、伝わってこない。勝負の結果も、そののちの主人公の態度も、ひとつのクリシェでしかありません。パターンをわざとらしく逸脱してみせるか、ありきたりなところに落ち着かせる以外に、この作家はうまく結末をつけられないのではないかと、私には見えます。
 もっとも、70年代の邦訳とはいえ、これらは当時から見ても旧作でしょう。一方、78年の年刊ミステリ傑作選である『最後のチャンス』に収録された「アン・ファーリを捜せ」など、盗品回収専門の主人公が、ダイヤを従業員に横領された宝石商の保険調査をするという、目新しさですが、話をもってまわっただけの代物で、パルプマガジンの昔に戻ったとしか思えぬ出来栄えです(年刊に採ったホックもどうかしていますが、珍しい媒体に発表され見過ごされていたというだけで選んだのかもしれません)。

 これらの短編群に比べると、それ以前の64年11月号の日本語版EQMMに訳された中編「裏切られて」は、たいへんオーソドックスに書かれたスパイスリラーでした。執筆年が分からないのですが、60年代に入ってからと考えるのが妥当なのでしょう。ヒロインはワシントンの政府機関に速記事務官として勤務していましたが、朝鮮戦争に従軍していた夫が戦死したため、夫との思い出の残るワシントンから離れた勤務を希望し、とある研究機関に決まります。そこは要撃ロケットの起爆装置を開発する研究所で、研究内容は機密扱い、対外的には測候所ということになっていたのでした。三班に分かれた研究の結果を速記に取るのが彼女の仕事なのです。休日のある日、近所の湖で彼女は若い夫婦と親しくなります。交際を続け親しくなったところで、その夫婦は仮面を脱ぎます。ヒロインの夫は生きていて、捕虜となったものの病気にかかっていると言って、夫が彼女宛に書いたという手紙を見せます。夫の筆跡であるその手紙には、彼と彼女しか知らないはずのディテイルが書かれていました。若夫婦はソヴィエトのスパイで、彼女が研究所で取る速記のコピーを横流しすることで、捕虜となった夫は治療が受けられ、やがては解放されるよう約束できると言うのです。
 スパイスリラーの出だしとしては平凡かもしれませんが、このあと、一度はコピーを隠し持つものの、所内の事務方の男に気配を察知され、スパイを強要されたことを告白するまでの段取りが、説得力があって、その後にアメリカ側のカウンタースパイがやってきてからの展開が、これまた巧みです。手紙の筆跡には偽造の疑いがあること、ふたりしか知らないはずの事柄は、戦争中にやりとりした手紙からコラージュできることをつきとめるあたり、出色の面白さです。それでも、偽造の可能性があるという宙づりの状態に保つのが上手いところでしょう。そして、スパイ夫婦との会話に挟む夫との過去の出来事に、偽の情報を混ぜて、その上で、さらに夫からの手紙を要求する――偽の情報が手紙に書かれれば、偽造と分かる――いう罠をかけるのです。この中盤の攻防が、地味ではあっても面白くて、最後のアクションとハッピーエンドで、また平凡なルーティンに戻るものの、白黒時代のヒッチコックが一時間半の映画にするのに最適、というような一編でした。
 ミステリマガジンの通巻400号は、「短篇ミステリベスト40」という歴代掲載作の記念アンソロジーになっていましたが、そこで選ばれたのが「二日酔い」でした。最初に訳されたのは70年1月号ですが、56年の作品で初出はコスモポリタンだそうです。題名通り、二日酔い明けに苦しむ男の一人称で始まり、妻が心配するアルコール中毒の惧れを一蹴しながら、前夜の愚行を回想していきます。それは頭の回転が速く、人好きのする彼ならではの愚行でした。そして、その果てに……という50年代のショートストーリイらしいオチがついていました。自分はアルコール中毒ではないとくり返し自己弁護するいう、背後にコンプレックスを潜ませた構成は、この作品が、アイデア一発の短編ではないことを示しています。にもかかわらず、このころ書かれたアイデアストーリイの多くの中に、埋没してしまうような出来だったのは、それが小説の細部にまで反映されていないからではないでしょうか。
 平凡な設定と地味な展開の「裏切られて」が、いまも面白く、構成書き方ともに工夫を凝らした「二日酔い」がそれほどの印象を与えない。このあたりにストーリイテリングに長けた通俗長編作家という、ジョン・D・マクドナルドの個性が出ているように思います。

※ EQMMコンテストの受賞作リスト(最終更新:2014年11月5日)



短編ミステリの二百年1 (創元推理文庫)
モーム、フォークナーほか
東京創元社
2019-10-24


短編ミステリの二百年2 (創元推理文庫)
チャンドラー、アリンガム他
東京創元社
2020-03-19