【体罰は全面禁止】
 スウェーデンでは1979年には体罰が禁止された。しつけという名の子供への暴力が法律で禁止されたのは、世界で初めてだった。体罰の禁止は徹底されていて、それはスウェーデンに住んでいるかぎり、外国出身の親も当然守らなければならないルールだ。
 2011年にスウェーデンでこんな事件があった。美しい夏のストックホルムに観光にやってきたイタリア人の家族がいた。どのレストランで食事をするかで意見が食い違い、12歳の息子が機嫌を損ねて、ひとりでその場を離れてしまった。怒った父親が息子を追いかけ、路上で髪をつかみ、怒鳴りつけた。
 周りにいたスウェーデン人たちは血相を変えて止めに入った。「こんなこと、スウェーデンでは絶対にやってはいけないことです!」
 その場に居合わせた同じグループのイタリア人観光客があわててとりなした。「大丈夫、大丈夫、彼はこの子の父親ですから」しかしそれはスウェーデンではなんのフォローにもならない。
 結局父親は逮捕され、スウェーデンで裁判にかけられて有罪判決を受けた。周りのスウェーデン人が止めに入ったおかげで髪をつかむ以上の暴力行為には及ばなかったため、判決は6,600クローネ(約79,200円)の罰金刑にとどまった。
 イタリア人の父親はイタリアでは市会議員を務め、IT関係の会社を経営してビジネスでも成功している男性だった。父親の社会的地位が高かったことから、この事件はイタリアでもスウェーデンでも大きなニュースになった。彼にしてみれば罰金を払うことよりも、自分がそんなことで警察に拘束され、メディアの餌食になったことのほうがショックだったろう。それがきっかけでイタリアでも体罰に関する議論が起き、スウェーデンやイタリアの子供擁護団体は「これでイタリアも体罰禁止の方向に向かうかも」と満足気だった。
 なぜ子供に体罰を加えてはいけないのか。それは世界じゅうで研究されその悪影響が証明されているので、ここであえて書くつもりはない。なお、ここで言う体罰とは、子供に怪我をさせるような激しい暴力ばかりではない。ちょっとお尻や顔を叩いたりすることも含めてだ。すでに書いたとおり、スウェーデンではそのくらいでも保育園・学校経由で福祉局に通報される。
 スウェーデンでは身体に訴えるような𠮟り方はもちろん、頭ごなしに𠮟るようなことも少ない。まったくないとはもちろん言い切れないが、「よい親はそんなことはしない」というのが共通の認識だ。子供がやってはいけないことをしたらもちろんはっきりと指摘するが、そこで親が感情をぶつけるような𠮟り方はしないのだ。わたしなど、日本に住んでいた頃は声を荒らげて𠮟ってしまうこともしょっちゅうあった。しかしスウェーデンの基準では、それは大人として親として、非常に恥ずかしいことなのである。


【著者紹介】
1975年兵庫県生まれ。神戸女学院大学文学部英文科卒業。高校時代、交換留学生としてスウェーデンで学ぶ。大学卒業後は北欧専門の旅行会社やスウェーデンの貿易振興団体に勤務。2010年に夫と娘の三人で東京からスウェーデンに移住。現在は翻訳のほか、日本メディアの現地取材のコーディネーター、高校の日本語教師として活躍している。主な訳書にペーション『許されざる者』『見習い警官殺し』、ホーカン・ネッセル『悪意』、アンナ・カロリーナ『ヒヒは語らず』などがある。