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 ジョー・ゴアズのDKAファイルのシリーズは、ありそうでないタイプのミステリです。様々な職業を経たのち、探偵事務所暮らしが長かったゴアズは、その職業ゆえにミステリ作家の集まりで行った講演をきっかけに、アントニー・バウチャーからミステリを書くよう勧められ、DKAものの第一作をEQMMに発表します。英語版ウィキペディアでも、DKAのシリーズと『ハメット』が代表作となっていて、実際の私立探偵だったというキャリアもあって、ハメットの影響を受けたハードボイルド作家という位置づけでした。60年代以降のいわゆるネオ・ハードボイルドの中にあって、ハメット流と目される作家は、そういませんから、その意味でも珍しい。
 DKAはダニエル・カーニー・アソシエイツの頭文字で、新潮文庫でまとめられた短編集の題名は『ダン・カーニー探偵事務所』でした。ミステリマガジンに散発的に翻訳されたときから、すでに各編にはファイル#~とナンバーが振ってあって、DKAファイルシリーズとも呼ばれていました。長編にもシリーズ作品があります。所長のダン・カーニー以下、幾人もの調査員と内勤を抱え、サンフランシスコの本部のほかに州内に支部もある。主たる業務は「詐欺、使いこみ、横領罪などの調査――および、それに関わる動産や金を回収すること」とあります。依頼主は銀行が多く、つまりは債権取り立て。中でも圧倒的に多いのは、ローンが払えなくなった自動車の回収です。関連書類や指示書はファイルにまとめられて、調査員に与えられ、カーニーの命令があれば、ファイルを持参して報告をする。ひとつの事案には、必ずひとつファイルが作られているのです。
 専門に特化し、組織だった業務内容を持つ探偵事務所というのは、盲点というかなかなか類例のないものです。シリーズが進むにつれて成長していく若手調査員あり、アイルランド系の酔いどれ調査員(しかし腕利きのヴェテラン)あり、ボクサー出身の黒人あり、大学在学中からアルバイトで勤め始めた超美人の事務担当(のちに調査員になる)ありと、八七分署以降、警察小説ではおなじみの多様なレギュラー陣を、探偵事務所の中で動かして見せました。しかも、各編でメインになるのは、自動車の回収です。差し押さえのお墨付きがなければ、やっているのは自動車泥棒と同じこと。一切の斟酌無用で、自動車回収第一を命じるダン・カーニーの態度は、まさにハードボイルドというものでしょう。
 第一作「メイフィールド事件簿」で、新入りのラリー・バラードの公私混同――悪い男につかまって、払えぬローンをかぶった女性に好意を抱くのです――ぶりを描いて、シリーズは始まりました。目先は変わっていて、きびきびした書きぶりは好感が持てますが、話そのものは平凡でした。1967年のことです。以下、ほぼ年に一作のペースで、73年までにまず八編が書かれます。奇しくも、このころからEQMMを中心とするミステリマガジンと、その常連作家は、多くのシリーズキャラクターを持ち始めますが、DKAファイルシリーズが、それと同列にならないのは、この悠然とした執筆ペースと、それが可能にした、一編一編に工夫を凝らす姿勢のためでした。
 第二作の「ページ通りの張りこみ」では、バラードは元ボクサーの黒人バート・ヘスリップと組みます。連携した警官ふたり組の片方が、あからさまな黒人差別者でした。続く「ペドレッティ事件」は、ダンとともに事務所を始めた赤毛の酔いどれアイリッシュ、パトリック・オバノンが活躍しますが、イタリア系家族の特殊性が事件の根本にありました。「ジプシーの呪い」で、ヒッピーとLSDを作中に取り入れ、「影を探せ」では、のちに『ハメット』を書く作家ならではの、マニアックなパスティッシュ(あまりにマニアックなので、著者の解説が必要でした)をシリーズ中でやってみせました。「オバノン・ブラーニーの事件簿」は、オバノンとバラードのコンビが、酒浸りになりながら次々と自動車を回収していく、モジュラー型のコメディでした。このころの作品では、バート・ヘスリップが活躍する「黒く名もなき吟遊詩人」が、黒人対黒人の対決を描いて、推奨できる佳作ですが、そのためには、ダン・カーニーは強面を引っ込めて、大衆小説のツボを押さえた役どころに回る必要がありました。

 ジョー・ゴアズには、海外を舞台にした短編がいくつかあります。発表媒体はアーゴシーであることが多いようですが、なかなかの佳作がそろっています。
「パフア」は、タヒチにほど近いボラボラ島が舞台です。第二次大戦中はアメリカ軍の要塞があったことで知られています。フェアロはタヒチ人の相棒とガイドをやっていますが、今回の客は海洋動物学教授のジェンキンズです。彼には美貌の妻がくっついてきていて、若いダイバーが関心をもっているらしい。ある日、現地の少年が、海が沸騰するのを見たといい、その翌日死体となって発見されます。教授の妻が主人公に言い寄ってきたり、若いダイバーが怪しかったりと、事件そのものはありきたりですが、「おれは証拠なんかいらない。彼らだって同じだ」と対決した犯人に告げるのが、一編の眼目です。彼らというのは、被害者の少年の復讐に燃える現地の人々なのでした。
「白い峰」の主人公は、ケニヤに住む元ハンターで現在は公園監視官です。自分を捨てて逃げた女からの仕事で、映画のロケをセットし、危険な登頂場面ではスタントもこなしたのでした。主役の俳優は、かつての自分の妻が走った当の相手ですが、妙なプライドがあって、新聞記者を連れて、危険な登頂を試みようとします。主人公が危険な場面のスタントをしたことを、自分の妻に暴露したと思い込んでいて、ふたりが一度だけよりを戻したこと(もバレている)もあって、どうあっても、高峰を征服したヒーローという新聞記事を書かせたいのです。「きみたちは二人とも、本当の岩登りが出来るほどのアルピニストじゃない」と主人公は止めますが、振り切って登ったふたりは、案の定遭難し、主人公は救助に向かいます。新聞記者は墜落して瀕死の重傷を負い、俳優もこのままでは遭難するという状況で、主人公はふたりが生き延びる手立てを講じて、もう一度助けを求めて下山します。戻ってくると、記者は死に、俳優ひとりが生きていました。自分が生き延びるために、身動きできない新聞記者から毛布と寝袋を取りあげ、さらにそれ以上のことをしたのも明らかでした。
 しかし、「白い峰」の主人公は、復讐することも告発することもしません。極限状況にあった俳優に対して「非難することはできない。しかしまた、同じような事件を起して、別なもう一人が死ぬようなことだけは、さけなくてはならない」と考えるのです。そして、その俳優に向かって告げます。「おれはただ、おれが知っているということをきみに確認しておきたかっただけだ」と。小説としては、このあと、三角関係に新たな綾をつけて、結末を迎えますが、そこでも、主人公は彼女に「責めていたんじゃない。おれの知っていることを話しただけさ。これ以上は何もしやしないよ」と肩をすくめてみせるのです。
 この二編に見られるのは、法や道徳、ましてや常識といったものとは、一線を画した価値観によって主人公が、動いていることです。証明できない犯罪、責任を追及できない悪意。そういったものに向かい合う主人公の姿――しかも法に頼らない姿――が、そこにはありました。そんな人物像の極北が「オーデンタール」の語り手でしょう。
「オーデンダール」も、やはりケニヤが舞台です。主人公である語り手は、1920年代に父親がケニヤに入植した白人ですが、広大な土地を継ぐのに消極的だったために、第二次大戦後、気持ちを固めて戻ってきたときには、一足違いで、亡くなった母がオーデンダールに売り払っていました。オーデンダールは第二次大戦後に南アフリカから入ってきたボーア人(オランダ系の南ア入植者)でした。当然ながら、主人公の彼に対する感情は、よろしくない。しかし、状況が一変します。独立運動から反乱を経て、ケニヤはイギリスから独立を果たすのです。その間の戦争で国連軍に参加した主人公は、オーデンダールと再会します。彼は砂漠戦の経験があるというのです。独立後は、国外退去の可能性がある移民のオーデンダールは、主人公の下で働き、農場を大きくします。そんなある日、オーデンダールに警告の手紙らしきものが届き、やがて、彼を殺すためにヨーロッパからふたりの男がやって来ます。オーデンタールはボーア人ではなく、砂漠戦の経験というのは、ロンメル将軍の下で戦ったもので,その後、強制収容所に転属していたのでした。オーデンタールは砂漠で追手を迎えることにします。主人公は同道を申し出ますが、オーデンタールは主人公を殴り倒すことで、それに答えます。
 三人の追手のうち、生き残ったひとりが、オーデンタールの死の証拠を持って主人公を訪れます。その結末で主人公は言います。「おれはそれを埋めるつもりだ。オーデンダールは友だちだったんだ」と。「それを愛する者にとってさえ、苛酷な女王」と主人公が語るアフリカでの体験は、彼をして西欧人共通の敵と見なされるオーデンダールの側につけたのでした。こうした反逆的な価値観を、なりふり構わず守る主人公の姿が、もっとも効果的に描き出されたのが「さらば故郷」であることは、もうお分かりでしょう。それゆえ、「さらば故郷」は、ゴアズの代表作となりました。「オーデンダール」に関して言えば、「それを愛する者」というときに、「そこに元から住む人」が入っているとは思えないところに、私はこの小説の弱点を見ますが、それでも「オーデンダール」は一読に値する佳作だと考えます。

 先に書いた、講演をきっかけにバウチャーが云々というエピソードは有名なものですが、それが、創作の始まりと誤解されているところはあります。実際には60年代の前半に、マンハントにいくつか書いたものが、翻訳もされています。「欲望の代償」みたいに、しまりのない通俗ハードボイルドを絵に描いたようなものもありますが、「優しい復讐」のような、奇妙なクライムストーリイもある。「優しい復讐」の主人公は大学教授です。ある事件の目撃者となった自分の妻が、口封じのため、犯人である四人組の不良グループによってレイプされ、そのために自殺します。警察は証拠がみつからないと動かない。そこで復讐に乗り出すのです。こう書けば、ゴアズの読者はMWA賞新人賞を得た『野獣の血』を思い出すでしょう。「優しい復讐」は、その原型なのでした。「優しい復讐」の主人公は、『野獣の血』の主人公よりも、タフなところのない常識人のままという設定になっていました。
 ジョー・ゴアズは、60年代から70年代を通じて、タフなハードボイルドないしはクライムストーリイの作家として地位を守る一方、「からかってるんじゃない?」のようなアイデアストーリイや、「サン・クエンティンでキック」のようなシリアスな短編(ただし、そうたいしたものではありません)を書き、作家として幅の広いところを見せました。そして、83年に「フル・ムーン・マッドネス」で、DKAシリーズの短編に戻って来ました。十年ぶりのことでした。
「フル・ムーン・マッドネス」よりのちのDKAファイルシリーズの短編は、初期の作品と比べて、DKAのターゲットとなる敵役にキャラクターに工夫がこらされ、その相手をいかに攻略するかに力点が置かれた、一種の作戦ものの様相を呈するようになりました。そのことは、アメリカに先駆けて編まれた新潮文庫版に収録された三作「フル・ムーン・マッドネス」「不具者と貧者」「赤い消防車」からも読み取れますが、その後に書かれた二編は、さらにそれが顕著です。
「ヤワは禁物」は、内勤の要だったジゼルが自動車回収にまわった最初の事件ですが、ターゲットは、なんと貧困老人用の集合住宅建設で、大手開発業者と対決している尼さんなのでした。自動車回収そのものが、その開発業者(DKAの有力クライアントでもある)の陰謀でもあるのですが、回収第一の命令に背いて、尼さんたちに味方するジゼルに対するダン・カーニーの態度は、「黒く名もなき吟遊詩人」のときどころではない甘さでした。
 結果的に最後のDKAファイルの短編となった「デトロイトから来た殺し屋」は、メンバーが一致団結して(しかし、ダン・カーニーには内緒で。実際、ダン・カーニーは出て来ないのです)、北京食料品店を営む顔見知りの中国人を助けるため、彼の殺害を依頼されたデトロイトの殺し屋を罠にはめる話でした。利用する二人組の警官の名が、ローゼンクランツとギルデンスターン(であるなら、ふたりは区別がつかないという方が良かったのでは?)という具合で、冗談すれすれのコミカルなクライムストーリイでした。
 長編を含めての話ですが、ジョー・ゴアズの作風は、後年に到るほど、コミカルな要素を増していて、彼が敬愛するドナルド・E・ウェストレイク――それぞれのレギュラー登場人物が交差する場面を、互いの長編の中で描くといった遊びをする仲でもありました――をトレースするかのようでもありました。その作風の変化を、見事なまでに忠実に反映したという意味でも、DKAのシリーズは、彼の代表作と言えるでしょう。

※ EQMMコンテストの受賞作リスト(最終更新:2014年11月5日)