エドガー・アラン・ポー『ポー傑作集 江戸川乱歩名義訳』(渡辺温・渡辺啓助訳 中公文庫 1200円+税)は戦前の改造社《世界大衆文学全集》に乱歩訳としておさめられていたポー作品の復刊です。乱歩が自伝の中で代訳であると明言していることから、実際の訳者であるふたりの名が表記されています。


 渡辺兄弟の訳文に注目した復刊ということで、訳出当時の正仮名遣いがいかされています。渺漠(びょうばく)たる雰囲気に満ちた「アッシャア館の崩壊」など見事なもので、20代の渡辺兄弟の才気あふれる訳業が堪能できます。

 国内では新たな復刊レーベル《冒険小説クラシックス》がはじまっています。第一弾は生島治郎『黄土の奔流』(光文社文庫 840円+税)で、全四作ある紅真吾シリーズの第一長編です。


 上海で父の貿易会社を継いだ紅真吾は、大手商社の進出に対抗しきれず会社を畳むことになりました。あるとき偶然にその大手商社の支店長を危地から助けることになり、そこで原料仕入れの儲け話を持ちかけられます。一攫千金(いっかくせんきん)をねらった真吾は、仲間を集めて揚子江(ようすこう)を遡上することにしますが、道中次々に事件が起きて……。

 スリルに満ちた血湧き肉躍る小説だ、とだけ紹介すれば充分ではないでしょうか。癖のある登場人物が入り乱れ、銃撃戦もあれば商取引の丁々発止(ちょうちょうはっし)のやりとりもあり、巻(かん)を措(お)く能(あた)わずでひと息に読めるでしょう。

 冒険小説に的を絞った復刊企画というのはあまり記憶にありません。集英社《冒険の森へ》という大企画が近年あるものの、こちらはもっと広い範囲から採られていた印象です。クラシックスという名称で生島から復刊が始まるとすると大藪春彦や西村寿行あたりが次の候補になるのでしょうか、今後のラインナップに期待しています。

《論創ミステリ叢書》からは『延原謙探偵小説選Ⅱ』(中西裕編 論創社 3800円+税)が出ています。


 ホームズの個人全訳で知られる翻訳者延原の創作をまとめた、前巻から十余年を経ての続刊です。拾遺集的に『十五少年漂流記』など抄訳の収録もされているほか、延原の妻克子が勝伸枝の筆名で残した創作とエッセイをも集成しています。二冊で延原夫妻の創作はほぼ網羅されたといってよいものでしょう。

 紀田順一郎・荒俣宏監修『幻想と怪奇 傑作選』(牧原勝志編集 新紀元社 2200円+税)は、その名のとおり幻想小説と怪奇小説の専門誌として十二冊刊行された雑誌《幻想と怪奇》から、45年ほどを経て傑作選を編むものです。同社からは同誌を季刊誌として新創刊の予定で、その手引きの意味もあるでしょう。総目次や、全号の編集後記が収録されているのは、この手の復刊を好む読者にたいへん目配りの利いた作りで嬉しくなってしまいます。


 また大きな目玉として、紀田が大伴昌司・桂千穂と結成した同人〈恐怖文学セミナー〉が刊行した会誌《THE HORROR》全四号が復刻収録されています。これは怪奇幻想文学の受容史として大きな里程標(りていひょう)で、手軽に読むことができるようになったのはとてもありがたいですね。