翻訳では創元推理文庫〈名作ミステリ新訳プロジェクト〉から注目のアンソロジーの刊行がはじまりました。その『短編ミステリの二百年 1』(小森収編、深町眞理子他訳 創元推理文庫 1300円+税)は、編者小森収がウェブマガジン〈Webミステリーズ!〉で連載の評論「短編ミステリ読みかえ史」に基づいて、同文庫の江戸川乱歩編『世界推理短編傑作集』をふまえて編まれる新たな傑作選です。


 短編群の後に小森の評論「短編ミステリの二百年」がおさめられた構成ですが、まずこの評論から読み始め、文中ゴシック体で示される収録短編にふれられるところで頁(ページ)を戻ってその短編を読んでいただくという順番で読み進めることをお薦めします。一巻の収録作は表紙の著者名がサマセット・モームとウィリアム・フォークナーであることからもわかるように、推理短編の傑作集ときいて想像するセレクトとは若干(じゃっかん)離れています。評論の序章で「『世界推理短編傑作集』の影の内閣」と表現しているとおり、これは意識的なものでしょう。

 そのセレクトは、古くは『ニューヨーカー短篇集』や荒地出版社のアンソロジー、最近の本でいえば早川書房『ベスト・ストーリーズ』を連想させるものです。『世界推理短編傑作集』のセレクトは、論中の用語「ストレイトノヴェル」を借りればこれに対峙(たいじ)するといいますか、小説の新たなジャンルを開拓しようとする側からのものでした。本書はジャンルを問わずに優れたミステリとして鑑賞されるべき作を選ぼうとしているわけで、例えば小鷹信光が〈パパイラスの舟〉などでみせた短編ミステリ観に連なるのだとみればよいでしょう。

 ただもちろん連載を追っていた読者には、こののちハードボイルドや、黄金時代のパズラーを扱う章があることもわかっているわけで、そこからどの作品が傑作選に編まれていくのかは楽しみです。連載では〈EQMMコンテスト〉を追った論考がたいへん刺激的でしたので、その周辺の収録作に興味をひかれています。

〈新訳プロジェクト〉からは、ヒラリー・ウォー『生まれながらの犠牲者』(法村里絵訳 創元推理文庫 1040円+税)も出ています。


 13歳の少女バーバラが、はじめて男の子にダンスパーティに誘われた夜から行方がわからなくなりました。バーバラをひとり育てる母エヴリンの憔悴(しょうすい)しきった様子に、フェローズ署長は署を挙げて懸命の捜索にあたりますが、バーバラの消息は杳(よう)として知れず……。

 フェローズ署長シリーズの第五長編で、ウォーの代表作『失踪当時の服装は』とよく似た設定の、少女の失踪を主題にしています。実録小説然とした『失踪当時の服装は』と比べると、シリーズの中の一作というためでもあるでしょうが展開に動きを持たせています。それが原題どおりの衝撃的な幕引きから読者の目を逸らせることにもなっているでしょう。

《奇想天外の本棚》より、Q・パトリック『八人の招待客』(山口雅也訳 原書房 2200円+税)はかつて《宝石》《別冊宝石》に訳載された中編を二つ新訳でおさめるものです。クリスティー『そして誰もいなくなった』の趣向の先行作だというのを再評価の軸として、『そして誰も――』の改題前のもともとの原題にからめた訳題が意図的につけられています。


 そういう視点からみて面白いのは、招待状によって集められた男女に怪死が続く表題中編が、『そして誰も――』とは別のクリスティー長編の趣向を逆手にとったプロットだとこじつけられそうなことです。またそのプロットの面白さだけでなく、短い尺にしっかり謎解きを用意してあるところも好ましく、おすすめの一篇です。