北海道といえば、川越宗一の『熱源』(文藝春秋 1850円+税)も一気読みの面白さ。明治維新以降のアイヌたちが受けた同化の圧力と、そのなかでたくましく生きる彼らの姿を生き生きと描く長篇。
 樺太(からふと)で生まれたヤヨマネクフは、幼い頃に家族らと北海道に移住させられ和人たちとともに教育を受けるが、疫病などで村の存続が厳しくなり、樺太に戻ることを決意。

 一方、リトアニアで生まれ育つがロシアの圧力により母語のポーランド語も禁じられ、サンクトペテルブルグの大学に通っていたブロニスワフ・ピウスツキは、未遂に終わったロシア皇帝暗殺計画に加担したと嫌疑をかけられ、樺太に流刑となる。彼はやがてヤヨマネクフら少数民族と出会い興味を深め、民族研究者への道を歩むことに。

 二人の人生を軸に、そして当時の歴史の激動を背景に、さまざまな人間たちの生き方を描く力作。主要人物たちは実在しており、ヤヨマネクフはのちに南極探検隊に参加、口述で金田一京助がまとめた『あいぬ物語』の著者である。ピウスツキもアイヌに関する著作を残しており、彼の弟はのちの初代ポーランド首相である。二人とも、強者に自らの文化を奪われそうになりながらも自分たちの切り拓いていったところが共通している。もちろん著者の創作ではあるが心の残る場面や言葉がちりばめられ、まさに胸を熱くしながら読んだ。

 東山彰良の『小さな場所』(文藝春秋 1500円+税)は現代の台湾が舞台。台北にある、刺青店が並ぶ紋身街の食堂の九歳の息子が、周囲の大人たちの人間模様や彼らの周囲で起きる出来事を眺め、時には巻き込まれていく様子を綴(つづ)る連作集。彫り師たちは刺青に一家言持つニン姉さんや頼まれれば無頓着になんでも彫る兄弟ら個性もさまざま。そばでタピオカミルクティー屋を営む男や、実はラッパーを目指している教師も登場。


 今作は現代が舞台だが、土地公廟(こうびょう)から神様が逃げ出したといって大騒ぎする人々や、日本の植民地化時代の記憶がまだ生々しく残っている様子、台湾の少数民族の立場など、現代人の生活のなかに台湾の歴史や風習が刻まれていることを実感させられる。最終章は主人公が奇妙な事件に巻き込まれる話と、彼が書き始める物語が明かされていくなかで、「小さな場所」という意味あいが鮮明になってくる。

 少年がいるのは紋身街という小さな場所かもしれない。では大きな、広い場所とはどこのことなのか? どこかに行けばいいというわけではない、大きな場所は自分の中にあると感じさせてくれる作品だ。

 唯川恵『みちづれの猫』(集英社 1500円+税)は、タイトルから分かる通り、猫モノ。連作短篇集だ。唯川恵といえば犬好きで有名なのでは? と思う読者もいるだろうが、犬を看取った後、軽井沢の著者の家の庭に野良猫たちがやってくるようになり、そのささやかな交流が本作の執筆のきっかけのようだ。


 金沢の実家の猫がいよいよ危ないと知り、帰省する娘や息子。大切な息子を亡くした後、彼の子を身ごもっているといってやってきた女性と、家に通ってくるつがいの猫の面倒を見る母親。かつて一緒に猫を飼っていた元恋人が余命いくばくもないと知った女性。人々が猫のお面をつけて踊る祭りの夜のあるエピソード……。

 切り口はさまざまだが、辛い時や岐路に立たされた時にある意味猫の存在に救われてきた女性たちの人生を描き出す。人間のために猫が何かしてくれるというよりも、ただそこに猫がいたという描き方である点が、実際に猫を飼った経験のある身としては現実的で、よりいっそう身に沁みた。猫好きの人も、そうでない人もぜひ。