エリック・マコーマック『雲』  柴田元幸 訳
雲 (海外文学セレクション)


 自分は何でこの人の書くものがこんなに好きなんだろう、と思う作家が誰にでもいるのではないか。
僕にとってエリック・マコーマックは間違いなくそういう書き手の一人である。――とは訳者の柴田元幸先生の言です。

『パラダイス・モーテル』『隠し部屋を査察して』『ミステリウム』でマコーマックの独特の世界をご存じの方は、あの何ともいえない雰囲気を期待されて、本書を手に取られるでしょう。そして、その期待は裏切られません。
 海外の書評に「マコーマックは、目を輝かせて自らの見聞を話してくれる、老水夫のような語り手だ」というものがありましたが、言い得て妙。その語りの見事さには感嘆するばかりです。
 そして、本書は、マコーマックワールドのまさに集大成といえましょう。あっ、このエピソードは知っている……、そう、こんな出来事があった……、という懐かしい思いにとらわれます。

 あるビジネスマンが仕事でメキシコに出張した折、突然の土砂降りの雨を逃れて入った古書店、ブックストア・デ・メヒコ。そこで彼は一冊の書物と出会ったのです。黴(かび)と染みで貼り付いたページを引き剥がして開いた扉ページには

黒曜石雲 
エアシャー郡のダンケアン町の上空で起きた
今も記憶に残る奇怪な出来事の記述
と記されていた。

kumo
 
 ダンケアン! 彼は若き日に、そこを訪れたことがあり、そこである女性と出会い、別れ、それが重く苦しい記憶となっていたのでした。

 その書物は19世紀に、ダンケアンで起きた黒曜石雲という謎の雲にまつわる奇怪な出来事について書かれたもので、彼は、その雲について調べたいと思いはじめます。
 その雲の謎を解くことが、自分の人生最大の謎を解くことになるとは夢にも思わず……。
 書物を読み、自らの魂の奥底に辿り着き、自らの亡霊に巡り会う。
 ひとは、他者にとって、自分自身にとって、いかに謎に満ちた存在であることか?

 スコットランドに生まれ、カナダに移り住んだ著者のすべてが詰まった一冊を、どうぞ御堪能ください。

 本書のために素晴らしいカバー装画を描いてくださったのは、浅野信二さん。そしてなんとも雰囲気のある一冊に仕上げてくださったのは、ブックデザイナーの柳川貴代さんです。思わず手に取りたくなるたたずまいに感動しています。
 どうぞお楽しみください。(編集部M・I)