彩瀬まる『森があふれる』(河出書房新社 1400円+税)は、夫婦と創作をめぐる話だ。かつて妻をモデルにした恋愛小説で注目を浴びた小説家、埜渡(のわたり)。その妻がある日、植物の種を飲み込み、肌から発芽する。寝室に土を敷いた水槽を置き、その中で暮らしはじめた彼女から草木は育ち、やがて寝室は森の状態に……。
 小説の中で夫が考える理想の女性像に自分を上書きされたこと、浮気されていること。妻の鬱屈(うっくつ)の種はいくつもあるが、それはどれも夫が抱く「女とはこういうもの」「男とはこうせねばならない」という固定観念に根差している。夫婦は決して互いに別れたいと思っているわけではない。では、彼らは互いに歩み寄るためにどんな言葉を選び、対峙(たいじ)するのか。

 夫の担当編集者や愛人など、第三者の視点を交え、彼らの意識する、あるいは無意識の男女観も盛り込まれ、現代に浮遊する問題点を垣間見せていく。読者も、立場によって誰のどの言葉に反応するかはかなり違いそう。個人的に、編集者たちのビジネスの場における女性蔑視や仕事に対するスタンスにも、「あー、あるある!」とうなずくことしきりなのだった。

 では、価値観や人生観はどのように育(はぐく)まれていくのか。川上弘美『某(ぼう)』(幻冬舎 1600円+税)は、性別が不安定で男女どちらにも、何歳の人間にも擬態(ぎたい)できる不思議な生き物の物語。ある日この世に現れた某は病院の診察を受け、アイデンティティーを得る治療の一環として、人間に擬態して生活していくことに。まず高校二年生の女の子、ハルカになって病院から学校に通うが、まだまだ個人を確立する前に生活がワンパターンとなり、次に男子高校生、春眠に。恋や愛を知る前に性欲に駆られ、女の子たちと付き合うのだが……。


 と、説明すれば、誰でもない者が少しずつ人間性、社会性を獲得していく話だと思うだろう。しかし、四人目、二十代のマリになったところで、反抗的でギャル風の彼女は病院から出ていってしまう。いってみれば家出である。さらには、某と同じような生き物がこの世には他にも存在することが判明。思いもよらない擬態、展開を遂げながら、生きること、死ぬこと、人を想うことの不可思議さを掘り下げていく。なんともユーモラスで切なく愛おしいSF風味の作品。

 見えている景色が二転三転していく面白さを味わえるのは湊かなえ『落日』(角川春樹事務所 1600円+税)。駆け出しの脚本家、甲斐千尋は、世界から注目される気鋭の映画監督の長谷部香から脚本の相談を受ける。香が新作として考えている題材は、実際にあった笹塚(ささづか)町一家殺害事件。笹塚町は千尋の故郷であり、香も一時期住んでいたというのだ。しかし千尋と香織の事件に対する温度はまったく違うのだった。


 真実を知りたい人間と、真実を見たくない人間。創作というものへの向き合い方の違いが浮き彫りになるなか、千尋や香だけでなく彼らの家族、そして事件関係者の人生と思いが少しずつ見えてくる。それらの有機的な絡ませ方が見事。登場人物に対する印象も二転三転させられて、自分の先入観の浅はかさも思い知らされた。

 タイトルの落日は没落を連想させるが、日は沈んでも、また上る。湊さんだからイヤミスだろうと思って手に取る人もいるかもしれないが、そんな読者をもきっと満足させてくれる、熱い再生の物語だ。