本書は、 フランス・ミステリの女王フレッド・ヴァルガスによるアダムスベルグ署長シリーズの一冊です。
 ヴァルガスはCWA賞のインターナシヨナル・ダガーを4回受賞しているという、驚くべき作家なのですが、本書もその受賞作のひとつ。
 
 まず、2005年に三聖人シリーズの『死者を起こせ』(1995)で(推理文庫版は2002年刊なのでまだその時点ではCWA賞を受賞していませんでした!)、そしてアダムスベルグ署長シリーズの『青チョークの男』(1996)で2009年に(推理文庫版は2006年刊なのでこれも受賞前)、本書『ネプチューンの影』(2004)で2007年に受賞。やっと、発売時に「受賞作」と謳うことができました! そして、2011年の作品 L'Armee furieusé で2013年に四度目の受賞。

 アダムスベルグ署長は夢見る署長とも言われる、いかにもフランス的な警察官ですが、本書では、彼の知られざる過去が明らかになります。どこかつかみどころのない彼のキャラクターは、この過去の事件から来ているらしいことがわかります。
 
 パリ13区警察署長アダムスベルグ以下八人がカナダでの科学捜査に関する研修に出発する日も近いというときに、アルザス地方で起きた殺人事件。海神ネプチューンが持つ三叉槍(トリダン)で刺されたような傷のある死体が発見されました。これは、アダムスベルグが長年追い続けてきた連続殺人事件と同じ手口でした。
 同一犯なのか、模倣犯なのか ? 
 カナダ出張前にもかかわらず、アダムスベルグは、事件の情報を得ようとアルザスへととんぼ返りします。どう考えても、同一犯としか思えない事件。しかし……。
  気がかりを抱えたまま、アダムスベルグは部下たちととともにカナダへと旅立ったのですが。
 署長の忠実な部下で、博識なダングラール(アダムスベルグはいつも彼を百科事典代わりに使いますが、本書の彼は飛行機事故に怯える男と化し、大変な騒ぎです)ばかりか、今回は、体格のいいしっかりした女性刑事ヴィオレット・ルタンクール(アダムスベルグは彼女に嫌われていると認識しています。そして彼女は彼のどういうところがいやか、理性的に語りもしますが)らの部下たちや、王立カナダ警察の面々も加わり、単独行動をしがちなアダムスベルグを助けるという(実のところ彼を殺人犯扱いする者も出てきたりします)珍しい展開を見せます。
 それにしても、彼女は自分が嫌いだなどと意識しているアダムスベルグさん、そんなことにはまったく我関せずなのかと思っていましたよ。ちょっとびっくり。

 本書の登場人物中、最も魅力的なのは、アダムスベルグがある事件で知り合った老婦人とその友人である、老いたハッカー婦人という二人。筆者はすっかりこの老婦人二人のファンになってしまいました。

 そういえば、ダングラールは水兵帽のポンポンの取れてしまったものをかぶっていて、しきりにそのポンポンのあとを触りますが、フランスでは幸運を祈るときに水兵帽のポンポンに触るのだそうです。はたして、ポンポンのとれた帽子でもダングラールの祈りは届くのでしょうか(カナダ研修の往復の飛行機は無事でしたが)?
 
 聞くところによると、ヴァルガス本人も飛行機嫌い、めったなことでは旅をしないようです。強制されなければ海外には行かないという情報も。それなのに、フランスに亡命したイタリアの政治犯の支援活動に熱心で、彼がフランスにもいられなくなり、ブラジルに逃亡すると、そこまで行ったりしていたようですから面白い。
 かなり人見知りで風変わりなところもあるようです。
 最近は環境問題についての警告の書を書き、本国フランスで話題になりました。
 そんな彼女が、いつか来日してくれる日が来るでしょうか? ファンの皆様、フランス大使館にリクエストしてみてはいかがでしょう!

 ところでカナダのフランス語(ケベックの人たちの)は、かなり古めかしい感じの言い回しが多いようで、フランス人がそれを笑うらしく、そのことをカナダの人々はとても嫌がるとか。訳者の田中先生も、この言葉使いの扱いには少々苦労されたようです。
『ネプチューンの影』、さすがフランス・ミステリの女王の作品、さすがCWA賞受賞作。
これは傑作です。(編集部M・I)


死者を起こせ (創元推理文庫)
フレッド ヴァルガス
東京創元社
2002-06-14


青チョークの男 (創元推理文庫)
フレッド ヴァルガス
東京創元社
2006-03-24





裏返しの男 (創元推理文庫)
フレッド・ヴァルガス
東京創元社
2012-01-28