『渡辺啓助探偵小説選Ⅰ』(浜田雄介編 論創社 3800円+税)は、平成のあいだに刊行された渡辺作品の復刊書収録作との重複を避ける方針でまとめられた編年体の選集で、その多くが単行本未収録作です。弁護士の兄の事務所を手伝いながら女探偵を志(こころざ)す緑川鮎子女史を主人公とした連作「青春探偵」の軽妙なタッチの謎解きなどは、渡辺作品の印象が変わる方が多いのではないでしょうか。ただ解説でもふれられるように、謎解きものの常道から逸脱していく話のほうに持ち味は出ているように思います。そういう路線の戦後の作品が続刊でまとめられる予定とのことで、とても楽しみです。


 年一冊のペースで刊行されている《ミステリー・レガシー》企画からは、江戸川乱歩を見出した二人の大家のつながりで『森下雨村 小酒井不木(こさかいふぼく)』(ミステリー文学資料館編 光文社文庫 900円+税)が出ています。雨村の長篇代表作『丹那殺人事件』がはじめて文庫に収められたほか、不木の戦後に復刊の機会が無かった長篇『恋魔怪曲』の収録が嬉しいですね。


 若い男爵・羽黒は、舞踏会に招かれていた人気の易者から不吉な占いの結果を告げられます。今の交際相手との恋愛が成就(じょうじゅ)するまでに幾人かが死ぬはずだというのです。羽黒は東雲(しののめ)伯爵の令嬢と、互いの両親にも秘密の交際をしていたので、占いに薄気味悪くなりました。そして舞踏会からの帰り道、羽黒の元に令嬢から窮地を知らせる手紙が届き、羽黒は伯爵家の遺産をめぐるお家騒動に巻き込まれて――「恋魔怪曲」

 この発端の抜群のつかみからの通俗的な展開を、理詰めで収拾させた上で意外な結末まで用意する面白い長篇です。代表長篇『疑問の黒枠』と比べても遜色はないですし、最初期の国産長篇探偵小説としてはもっと評価されるべきものではないかと思います。

 小栗虫太郎『法水麟太郎(のりみずりんたろう)全短篇』(日下三蔵編 河出文庫 1100円+税)は法水麟太郎ものの短篇を集成する一冊で、これで先行して復刊されている二長篇とあわせて河出文庫で法水ものがまとめて読めることになりますね。


 法水ものの短篇が新刊で出るのは同じ編者の扶桑社文庫の復刊企画以来で、ぜひ若い方に手にとってほしい。収録短篇はいずれも傑作ぞろいで、個人的な思い入れでは巻頭の法水初登場作「後光殺人事件」が国産の短篇探偵小説の不動のベスト1です。なお扶桑社文庫版にボーナストラックとして収録されていたエッセイ類は割愛されていますが、これは別途《レトロ図書館》叢書のほうで増補復刊される予定とのことで期待しましょう。

 川野京輔『推理SFドラマの60年』(論創社 2200円+税)は《論創ミステリ叢書》での紹介も記憶に新しい川野が本名の上野友夫名義で出していた、本業のNHKラジオ・TVディレクター時代の実体験をもとに綴る放送史の復刊。タイトルの「60年」は、ラジオ放送開始の大正14年から初刊本の刊行までの60年をさしています。


 自伝的な側面があるので、川野が手がけた仕事の回顧譚が主ではあるのですが、そもそもラジオ・TVの黎明(れいめい)期の制作現場の資料は少なくて、類書らしい類書の無い貴重な内容です。特にラジオ放送開始からの歴史を網羅的にまとめた「本邦推理ドラマ事情」の章が一際目をひきます。復刊にあたっては、初刊本刊行以降に川野が関わったミステリ関連のドラマの情報が増補されています。