今年1月に『ニムロッド』(講談社)で芥川賞を受賞した上田岳弘が、デビュー前から構想していたという大作『キュー』(新潮社 2300円+税)。これまでの作品にも登場した“塔”“私の恋人”“ニムロッド”などといったモチーフが次々と出てくる集大成的な作品だが、本作に向けてこれまでの小説を執筆してきた、ともいえそうだ。


「急」「旧」「九」など、「キュー」と読ませる漢字を章タイトルに、九章から成る本作。

 プロローグでは寝たきりの祖父と孫がテレビのオリンピックの開会式を眺めている。人類の歴史を振り返るそのパフォーマンスは、石器時代に始まり、原爆の投下を思わせる演出で終わる。孫の頭の中には、憲法九条が響き渡る。次の第一章の冒頭では、はるかな未来、Cold Sleepから最後の人間が目覚める。Rejected Peopleと呼ばれる人造人間たちに囲まれ、彼の目に映る光景は何か。

 また、現代では心療内科医の青年、立花徹が代わりばえのしない日々を送っていたところ、突然変化が訪れる。ここからが怒濤(どとう)の展開だ。立花の周囲を去来するのは世界で秘密裏に進行する「等国(レヴェラーズ)」と「鎖国(ギムレッツ)」の攻防、All Thingという未知の物体の謎、軍人だった祖父が傾倒していった石原莞爾(いしわらかんじ)の軍事思想、学生時代に想いを寄せていた少女が持つ第二次世界大戦のあらゆる記憶――。

 人類はどこからきて、何を求め、やがてどこへたどり着こうとしているのか、それがこの著者のどの作品にも通じる大きなテーマだと感じるが、本作もそこに真正面から取り組んでいる。エンタメ要素もたっぷり含まれるなかで、人類の本質に触れるような言葉が次々飛び出してくる。そんな理知的な物語構築の行間からにじみ出てくるのは硬質な世界観というよりも人間臭い郷愁めいた感情やロマンで、だからこそ読み手の本能的な部分を揺さぶってくる。何度も読み返したくなる一冊。

 戦後の日本を振り返ることになるのは中島京子『夢見る帝国図書館』(文藝春秋 1850円+税)。明治にはじめて作られた日本初の近代的図書館の変遷と、一人の女性の人生が交錯していく濃密な一冊。


 小説家でありライターの〈わたし〉は、仕事で上野の国際子ども図書館を訪れた帰り、60代くらいの女性と知り合う。喜和子と名乗るその女性、自分はかつて「半分図書館に住んでいたくらい」と言い、〈わたし〉に『夢見る帝国図書館』というタイトルで図書館の歴史を書いてくれと言う。物語は、その『夢見る帝国図書館』という小説と、〈わたし〉と喜和子さんの交流の顛末(てんまつ)が交互に立ち現れる形式だ。

 喜和子さんは戦災孤児だったようだ。その頃に上野で二人の青年と暮らし、図書館にも(こっそり)連れていってもらっていたという。その図書館と一冊の絵本の思い出を大切にして、戦後を生き抜いてきた彼女がどんな人生を辿ってきたのか。一方、設立当初から財政難に苦しみ、移転を繰り返してきたこの国立の図書館には、どのような人々が通い、どのような歴史が刻まれてきたのか。図書館小説のパートでは、かつては寛永寺の敷地で戊辰(ぼしん)戦争で焼け野原となった上野恩賜(おんし)公園周辺の土地の歴史とともに、ユニークなエピソードが語られていく。

 ボロボロな服を着て毎日図書館に通っていた樋口夏子、のちの樋口一葉に対する図書館の恋、ここで起きた不思議な出会いが菊池寛に『出世』を書かせたこと、本同士の会話など、著者が想像を膨らませて描き出す数々のエピソードがなんとも楽しい。もちろん、関東大震災や戦時の過酷な状況も盛り込まれる。そして最後に読者にふと訪れる、切なく温かい気持ち。デビュー作『FUTON』や直木賞受賞作『小さいおうち』をはじめ、史実や先行作品をからめとりながら独自の物語世界を生みだしてきた著者の本領発揮。