衣服、トイレ、入浴、ダイエット、結婚、初夜、避妊など、約200点の図版(2色刷りです)を交えて、ヴィクトリア朝時代のイギリスやアメリカの女性のありのままの生活を描く『ヴィクトリアン・レディーのための秘密のガイド』。先日公開したは序文はたくさんの方にお読みいただきました。ご好評につき、今回は第1章の全文をお届けします。


第1章 服を着る
恥ずかしい部分を上手に隠す方法

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 時間がない。さあ起きて。新しい生活が始まるわ。あなたがいるのは飾り気のない寝室。シーツは粗く、マットレスはかたく、空気はとてもひんやりしていて吐く息が白く見える。ベッドの下に置かれたおまるに入っているのは冷たいおしっこ。
 ついに到着したのよ。今は何年でここはどこなの、なんて細かいことを考えている暇はありません。1階へおり、さっそくレッスンを開始します。
 では、着替えましょうか? そのひどくごわごわした麻のネグリジェを脱ぐとすっぽんぽんになり、震えてしまうでしょう。でも心配しないで。すぐに雪の日の5歳児よりもたくさん着こむから。
 タンスをあけて、下着が入っているか見てちょうだい。21世紀の世界では下着が大好きだったでしょ? おばあちゃんパンティははき心地がよく、ちょっぴりの赤いレースでできた土曜の夜用ブラはセクシーでそそられたブラ。ブラは体の揺れる部分を優しく包んで恰好良く見せてくれたし、下着には漏れるものや汚れを受けとめる慎ましやかなものがついていた。
 早めに明かしておきます。これからいろいろなものをドレスの下に着ますが―どれも股の部分が縫いあわされていません。今日、あなたは陰部をおおわずに動き回る。もちろん何枚かの布のおかげで隠れるけれど、床からは丸見え。
 脚を高くあげて踊るきわどいカンカンがムーラン・ルージュで大人気なのはなぜだと思う? 踊り子がストッキングや脚を見せるからではないわ。

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 陰部をおおわないのにはちゃんとしたわけがあります。すごく重くて長いスカートを足首の上まであげたりしない(強い風が吹いてクリノリンが頭の高さまであがったら、新しい町に引っ越して名前を変えることになる)。自ら陰部をさらしたりもしない。だからおおわないの? (ひとつの理由がしつこく頭に浮かぶけれど、後で説明します)
 陰部をおおわないのがどんなにすばらしいことか深く理解するために、着替えをすませましょう。
 さあ、シュミーズを着て。シュミーズは脱いだばかりのネグリジェによく似ています。ネグリジェより軽く、襟ぐりが広く、袖が短い。着心地は上々。21世紀の世界にいるなら、戯れにシンプルなサンドレスとしてまとい、サマーバーベキューやシェイクスピア・イン・ザ・パーク(訳注:ニューヨークのセントラルパークで夏季に開催される野外公演)に出かけるかも。19世紀の世界でそういうことをした場合、新しい町への移住を考える必要はありません。療養所に安全に収容されるから。そこでヒステリーが収まるまで氷水浴をさせられ、アヘンをうんと与えられます。覚えておいて。女性の体の中心は子宮です。ひどくいかれた子宮。
 さて、陰部はそよ風に吹かれるままにしておきますが、脚はおおわなくてはいけません。脚の下の部分をおおうのはもちろんストッキング。ぴちっとしていて、ガーターでとめるもの。太ももをおおうものは19世紀のあいだに移りかわります。パンタロン、ブルマー、シュミレット、パンタレット、レッグレット、トルコ風ズボンなどをシュミーズの下につけるのが基本。これらは腰の部分をとめるようになっていて、19世紀の末までは股上がつながっていない形のままです。腰の部分だけ少し重ねあわさっています。

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 シュミーズ、ストッキング、ガーター、股が縫いあわされていないパンタレット。これだけではまだ裸も同然。体の揺れる部分は―やっぱり揺れている。それではだめだわ。
 ああ、この旅のあいだ、あなたは大切にしていたブラコレクションを恋しく思うでしょう。仕事用ブラ、スポーツブラ、夜デート用ブラ、すり切れたソフトカップつき「ダウントン・アビーを全話観るまでソファから離れないわ」ブラ。ブラが普及するのは1920年代に入ってから。ただしその頃も、ブラの胸を支える力は湿った紙で結びつけた2枚のスカーフの力と同じくらい。だから今はコルセットをつけましょう!
 長年コルセットを使ったせいで異様にゆがんだ肋骨のレントゲン写真を見たでしょ? 怖いと思わない? この憎きステー(コルセットを形作り、強くするもの。まっすぐで細長く、縦向きについている)の素材は非情な鋼鉄や、それと同じくらい不愉快なホエールボーン(いわゆるクジラのヒゲ。まあ、なんでもいいけれど)。息はできるの? かがめるの? いったい動けるの?

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 助けを借りてコルセット(後ろに紐がついているものや前にフックがついているもの、紐とフックの両方がついているものがある)をつけたら分かります。コルセットもそんなに悪くないと。べつに脾臓の位置が変わるほど締めなくてもいいのです。コルセットは胸を支えるまっとうな下着になりえます。ただし、きっといつの日かコルセットは、まるでぐったりした小さなビーバーのしっぽみたいに、あなたが歩くたびに揺れるところとの戦いによってくたくたになってしまうでしょう。
 女性はお肉がつきやすく、たいていの女性はお肉が包まれていると安心します。コルセットは、未来のスパンクス社の補正下着やブラのようにプライバシーを守ってくれます。プライバシーのためなら、心地よさをちょっと犠牲にするくらい平気よね。21世紀の世界で胸が垂れ、おしりの上でビリヤードができるくらいおしりが平べったくなったら、それを隠せる服を用意できます。そして、旅人である今のあなたには、ゆったりしたブラウスや宇宙飛行士のために開発された生地でできたジーンズを身につけるという選択肢はないけれど、コルセットがある。これがけっこう役に立つのです。

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 息をすることもかがむこともできます。メイドは丈の短い小さめのコルセットをつけ、洗いものや縫いものをしながら早死にへの道を進みます(ちなみに、シュミーズは清潔。メイドのひとりが灰汁の入った沸騰寸前のお湯に1時間浸け、次に、この作業のせいでひび割れてヒリヒリする手でシュミーズを絞り、干し、アイロンをかけ、糊づけします。小さな世帯でも、洗濯を終わらせるのに2日かかることがままあります)。19世紀の世界では、労働者階級に属さない女性がかがむことはそうそうありません。かがむ場合、背中をまっすぐのばしたまま膝を曲げます。
 あら、見て! メイドがドレスを広げたわ。ここを旅先として選んだ理由はまさにこれ。なんてきれいなドレス。手縫いで刺繡が見事。スカート部分のボリュームがすごい! だめ! まだよ。触らないで。まず、コルセットの上からゆったりしたコルセットカバーをつけて。これがコルセットを人目から隠します。
 では、鳥籠をとってきてちょうだい!

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 鳥籠とは鳥籠形クリノリンのこと。あなたは(今のところ)19世紀半ばの世界にいます。フープスカートが流行中で、摂政時代のシンプルで緩やかなドレス(ジェーン・オースティンを思いだして)にとって代わったのは、ノートルダム大聖堂に届きそうなくらい大きく広がった派手やかな釣鐘形ドレス。この何ヤードものずっしりした羊毛が使われているドレスを支えるために身につけるのが鳥籠形クリノリンです。その名のとおり、鳥籠のような針金製クリノリンを腰か肩から吊るし、スカートをかぶせます。のら犬捕獲器みたいなものですが、使うのが賢明。そうしないと歩けません。
 クリノリンはスカートのとてつもない重さを分散させ、裾を足から離し、裾につまずいて転ぶのを防ぎます。転ぶこともありますが、それは40ポンドの服を着て、めちゃくちゃきつい靴をはき、馬のうんこがびっくりするくらいたくさん落ちている道を歩くから。裾につまずくからではありません。
 それでは、ペチコートを1枚ないし6枚着ましょう。何枚着るかは今年の流行次第。まあ! メイドがドレスを頭からかぶせて着せ、ボタンをとめた。あなた、きれいよ。だからあまり言いたくないけれど、そのドレス……着心地が悪くて、しかもくさいわよね? でも、そのことはちょっと措いておきましょう。とにかくきれいよ。
 ここであなたが初めに感じた疑問に戻ります。今朝、ひととおり下着を見てあなたはこう思いました。「どうして47枚の下着のどれにも股の部分がないの?」そうね、どうしてかしら。
 あなたの古いビキニパンティをこっそり渡すからはいてみて。誰にもばれないから。実は今夜、舞踏会に出かけます! 踊ったり、上品なボンボンを食べたり、これまた上品なしゃれた会話を交わしたりしてすてきな時間を過ごすのです。香りの強い花の香水をつけるから体がくさいのは気にしないで(19世紀の入浴がそれはそれは面倒だということがすぐに分かります。強い香水をつけるほうがずっと楽ちん)。
 では、2階へ駆けあがっておまるにまたがり、さっとおしっこをして舞踏室に走って戻ってきてちょうだい。
 そう。その大重量の羊毛と鋼鉄と綿糸を片手で持ちあげ、もう片方の手でパンティをひっぱりおろして、さあ。
 転んじゃった?

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 ほうらね。ボタンをとめ直したり、紐を編みあげたりするのに時間がかかったら、もっと恥ずかしい理由、例えば若い馬丁にキスしたいからとか下痢気味だからとかいう理由で舞踏室をぬけだしたのだとみんなから思われてしまいます。
 だから、あなたの可憐な部分はおおわれていないのです。ヴィクトリア朝時代の人は誰も認めませんが、女性もおしっこをします。「クローズド・ドロワーズ〔drawers〕」という名前で知られるようになる下着(上げ下げする時「引っぱる〔draw〕」から!)をつけて正装した女性が用を足すのはほぼ不可能。
 世紀が終わりに近づくにつれて、下着の股の部分はだんだん閉じていきます。まずボタンがつけられ、最後は完全に縫いあわされる。たぶん、スカートが細身になるから。細身のスカートは1880年代に入る前から流行します。クリノリンに代わって、それによく似たバッスル―おしりの部分だけをふくらませるもの―も登場し、女性は自分でスカートをあげられるようになります。それから、また屋外トイレを使い始めますが、そうする必要のない女性もいます。上流階級の家庭の大半は1890年代に屋内にトイレを設置するのです。
 トイレと言えば、新しいトイレの使い方を学ぶ時間です。もういいっていうくらい独創的なトイレがわんさかあるわよ。

【ヴィクトリアン・レディーのための秘密のガイド 目次】

第1章 服を着る――恥ずかしい部分を上手に隠す方法
第2章 バケツに排泄する――忌まわしき生理的欲求
第3章 油断ならない入浴
第4章 月経――あなたはまちがっている
第5章 ダイエット――あなたは小さなプディングバッグ
第6章 美――焼き、厚く塗り、詰める
第7章 求愛――自分からは言い寄らない
第8章 結婚初夜――ばかな殿方と契りを結ぶ
第9章 避妊とその他の神を冒瀆する行為
第10章 良き妻――夫をできるかぎり怒らせないための方法
第11章 家庭を正しく営む――緩やかな支配
第12章 公の場におけるふるまい――辱めと危険と博物館を避ける
第13章 ヒステリー――ヴィクトリア朝時代の生活においてちっとも愉快ではないこと
第14章 秘密の堕落行為――「いぼと小さい乳首はこれに起因する」
結論 パンティが恋しい
謝辞 抱擁を! あなたに抱擁を!
参考文献