2019年6月に、フェルディナント・フォン・シーラッハの短編集『刑罰』を刊行いたしました。刊行時、ドイツで著者の朗読会に参加されていた酒寄進一先生が、特別エッセイをご寄稿くださいました。どうぞお楽しみください。(編集部翻訳班S)


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「シーラッハの朗読会」

酒寄進一
(ドイツ文学翻訳家)


 この6月にフェルディナント・フォン・シーラッハの第三短編集『刑罰』を翻訳出版することができた。

 執筆を開始したばかりの2015年に会ったとき、『犯罪』『罪悪』につづく『刑罰』を書きだしたと明かしたシーラッハは、「思いのほか遠回りしてしまった」といっていた。
 たしかに『罪悪』発表後、『コリーニ事件』『禁忌』という長編二作に戯曲やエッセイ集などを矢継ぎ早に発表してきた。だが、本当はデビュー前から『犯罪』『罪悪』『刑罰』は三部作として構想していたという。
 淡々とした文体はそのままに、その行間から浮かびあがるさまざまな人の思いには微妙な変化がある三つの短編集をぜひ合わせて読んでみてほしい。一作ずつでは見えてこない何かがきっと発見できるだろう。

 シーラッハは今年の3月、また新作を発表した。Kaffee und Zigaretten(コーヒーとタバコ)。彼の日常を知っている身としては、これほど彼のエッセンスを伝える単語はないだろう。本作は48のエッセイや断章で構成されている。シーラッハ自身は、自分の内面をさらけだした「私小説」と呼んでいる。
 5月17日、念願の彼の朗読会をついに体験することができた。新作のプロモーションとして4月から6月にかけてドイツ各地で開催され、5月は各都市の劇場を中心に13カ所に及んだ。ぼくが体験したのはフランクフルトの劇場シャウシュピールハウスでの朗読会。前日がコブレンツ、翌日はブラウンシュヴァイクと、シーラッハはすべてひとりで旅しているという。

 当日は5時半にホテルのロビーで待ち合わせして、いっしょにコーヒーとトルテを注文して談笑。もちろんシーラッハはタバコを吸っていた。

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※会場に向かう前にホテルの前で

 6時半頃から、シャウシュピールハウスでリハーサル。シーラッハはマイクやライティングのチェックに余念がなかった。自分がどう動き、どこにどのくらいの光が欲しいか細かく打ち合わせをする。朗読会そのものをショーのように念入りに作り込んでいることを実感した。ベルリンではベルリンフィルの小ホールでチェリストの伴奏付きの朗読会などもしている。

 7時半の開演前に、ぼくはロビーで一般客にまじって開場を待った。観客の雰囲気を見たかったからだ。この日、800席のホールは満席とのこと。用意された席は7列目のほぼ真ん中。左隣には祖父と父親に連れられてきたらしい十代半ばの少年がすわった。大事に持っているのは『コリーニ事件』だった。ときどき父親がその本を手に取ってペラペラめくっているところを見ると、その少年が親に頼んで聞きにきたらしい。

 朗読会は三部構成で休憩をはさんで正味一時間半くらいだった。
 第一部はKaffee und Zigarettenからの朗読、ドイツ人にはめずらしいくらいゆっくりとした朗読でその言葉が心にしみる。その一節から。
「記憶に時間の概念がないように、当時のわたしには時間など存在しなかった。いつもが夏だった。わたしたちは川縁で、マスをつかまえて過ごした。わたしは、永遠に変わることはないと思っていた」

 第二部はシャウシュピールの芸術監督代行ティートケ女史との対談。放談といってもよさそうな言いたい放題の対談で、人間の尊厳をめぐる話はペットの尊厳にひろがり、さらにミツバチの尊厳まできたとき、「それはいいが、森の蜂蜜(ヴァルトホーニッヒ)を好む人の気が知れない」とシーラッハはいいだす。「森の蜂蜜」というのは、花の蜜ではなく、アブラムシの排泄物を集めたものだという。会場は大笑い。だがあとで調べたら、本当だった。なんだか『禁忌』に登場するビーグラー弁護士が語るウナギのエピソードを思いだす物言いだ。ああ、あの弁護士はやはり自画像なんだなとあらためて納得した。

 またティートケ女史がKaffee und Zigarettenを評してアウグスティヌスの赤裸々な回顧録である『告白』をあげると、シーラッハはあれは好きじゃないと一刀両断。しいていうならマルクス・アウレーリウスの『自省録』が理想だといっていた。己の信じるものを読み手にも伝えるべく書かれたのが『告白』だとすれば、日々の迷いを自分自身に問いかけた『自省録』のほうがたしかにシーラッハの現在の立ち位置に近い。
 その意味に気づかされたのは、休憩のあとにはじまったシーラッハのスピーチの中身を聞いたときだった。テーマは「自由について」。ジョン・ロックの『統治二論』やモンテスキューの『法の精神』にまで言及して、わたしたちがこの社会で自由でいられるためには、三権分立や、民法・刑法の適切な制定が必須であることをかんで含めるように語った。

 シーラッハは創作活動を通して一貫して「罪とはなにか」を問いつづけてきたが、ヨーロッパでつづいたテロを受けて書き下ろした戯曲『テロ』で「わたしたちはどうすれば安全を確保できるのか」という新たな問いを観客に投げかけた。この戯曲に収録された同時期のあるスピーチの末尾で、シーラッハはベンジャミン・フランクリンのこんな言葉を引用している。

「安全を得るために自由を放棄する者は、結局どちらも得られない」

 どうやらシーラッハはこの「自由の問題」をもっと深めようとしているようだ。

 この7月から8ヶ月、イタリアのとある湖の畔にこもって執筆をするという。「自由」がテーマになるのだろうか。このテーマはすでに『刑罰』に収められた作品群にもさまざまな変奏を見いだすことができるように感じるが、これからはたしてどんな物語が紡がれるのか、いまから楽しみでならない。

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※朗読会のあとのサイン会。サインを求める人はざっと200人を超えていた。それでもシーラッハはひとりひとりと握手して、話に耳を傾けていた。朗読会よりも長い時間がかかったと思う。

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・フェルディナント・フォン・シーラッハ『刑罰』

黒いダイバースーツを身につけたまま、浴室で死んでいた男。誤って赤ん坊を死なせてしまったという夫を信じて罪を肩代わりし、刑務所に入った母親。人身売買で起訴された犯罪組織のボスを弁護することになった新人弁護士。薬物依存症を抱えながら、高級ホテルの部屋に住むエリート男性。──実際の事件に材を得て、異様な罪を犯した人々の素顔や、刑罰を科されぬまま世界からこぼれ落ちた罪の真相を、切なくも鮮やかに描きだす。本屋大賞「翻訳小説部門」第1位『犯罪』で読書界を揺るがした短篇の名手が、真骨頂を発揮した最高傑作!