世代について考えさせられるのは朝井リョウ『死にがいを求めて生きているの』(中央公論新社 1600円+税)も同じ。小説誌で展開された「螺旋(らせん)プロジェクト」の単行本第一弾だ。これは八組九人の作家が「対立」をテーマに、古代から未来まで各時代を担当して小説を執筆するという企画で、著者が受け持ったのは平成のパート。


 だが、分かりやすい対立が描かれるわけではない。幼馴染(おさななじ)みの雄介と智也の少年時代から青年時代までの出来事が、章ごとに異なる第三者の目から描かれるが、別にこの二人は対立しているわけではない。むしろ、他人から見たら正反対の彼らが、なぜ親しくしているのかが不思議なくらい。

 雄介は、運動会でも勉強でもその他の学生活動でも、張り切るタイプ。興味がなくてもよく知らなくても、「自分はやりがいを持って何かをやっている」と感じられるなら、なんでもいいのだ。智也は目立とうとはしない穏やかなタイプで、雄介のことも案外冷ややかな目で見ている一面も。

 運動会でも試験結果でも順位を発表することがなくなり、対立や競争を避けるような環境の中で育った平成の子どもたち。それでも個性を求められ、自分の生きる意味と価値を見出さねばと自らを追い詰めてしまう彼らの苦しさを、具体的なエピソードと言葉を重ね、慎重に語る。個人的に実生活でなんとなくモヤモヤ感じていたことの正体が正確にとらえられており、著者の鋭い眼に改めて恐れ入った。

 意味や目的がなくたっていい、いや、目的がないことが時にはとても大切なのだ、そう思わせるのは江國香織『彼女たちの場合は』(集英社 1800円+税)。少女二人のロードノベルである。彼女たちと一緒に旅している気分に浸る一冊だ。


 ニューヨークに家族と住んで5年目になる14歳の礼那と、日本の高校を自主退学し、留学のために彼女たちと同居している17歳の従妹(いとこ)、逸佳。二人はある日、親に告げずに突然旅に出る。「もっとアメリカを見なきゃ」といって。

 まずはバスにのってニューイングランド地方をめぐり、オハイオ、テネシーと、少しずつ西へ、南へと移動。旅先での出会い、移動するにつれ変化していく景色、食事、街の空気、どれもが丁寧(ていねい)に描かれる。危険な目に遭うこともあれば、友情が育(はぐく)まれることもある。読み手はそのすべてを、少女たちと一緒に体感することになる。

 二人の親の反応もそれぞれ。最初はみな心配して怒ったものの、途中から見守る姿勢になる者もいれば、どうにか帰宅させようと、逸佳が使っているクレジットカードを停止させる親も。しかし、それで娘たちが旅の続行を諦めるかといえば、そうではない。

 少女たちの旅への衝動とその意味、二人のバディ関係などに解釈を与え語りたくなることは多々あるが、それよりなにより、旅そのものに夢中になれる作品。

 まさきとしか『ゆりかごに聞く』(幻冬舎 1500円+税)は、親子の問題を様様な切り口で描いてきた著者による、ミステリタッチの小説だ。


 新聞記者の宝子には離婚歴があり、夫とともに暮らす幼い娘に対して罪悪感を抱いている。ある日警察から、彼女の父親の変死体が見つかったと連絡が入る。だが、父はかつて火災事故で死んだはずだった。知人のライターとともに真相を調べはじめた彼女は、父が八王子の猟奇的殺人事件の新聞記事を持っていたことを知る。やがて、関係者たちの複雑な人生模様と、親と子をめぐる、ある秘密が暴かれていく。

 実は、宝子と父には血の繋がりはない。それでも二人は愛情で結ばれていた。一方、宝子と娘の間には大きな溝がある。他にも家族関係に屈託を抱える大人たちが登場。親子とは何か、家族の絆とは何かを深くえぐる、ずっしりとした物語となっている。