若竹千佐子の『おらおらでひとりいぐも』の芥川賞受賞以来、年配の人物を主人公にした作品がなにかと話題になる昨今。柚木麻子も実に痛快な小説を発表した。『マジカルグランマ』(朝日新聞出版 1500円+税)である。


 正子は若い頃に女優デビューしたが映画監督との結婚を機に引退、以来主婦として生きてきた。息子はとうに独立、七十四歳の現在、夫とは広い敷地の屋敷で家庭内別居状態。離婚を視野にいれてシニア女優として再デビューしたところ、“優しそうなおばあちゃん”像にハマって大ブレイク。だが、夫が急死したことを機に、仮面夫婦だったことが世間に知られ、葬儀の場での夫への愛情のない言動も重なって大炎上、事務所を解雇される。しかも夫の借金が発覚、家の土地を売ろうにも古すぎる屋敷の解体費用がなく、窮地に陥ってしまう。

 そんな折に家に転がりこんできたのは、夫とSNSで交流のあった映画監督志望の若い女性、杏奈。彼女や近所の主婦、明美らとともに、正子は金策を練る。そこで思いついたのは、屋敷をお化け屋敷に改造して、客を集めることだった。

 力を持たない人々が集まって起死回生をはかるエンタメであるが、そこにこめられているメッセージは深い。正子は、白人が作るフィクションの中で黒人が白人に好意的で貢献する存在として描かれがちな「マジカルニグロ問題」を知り、自分も世間が求める“愛されるおばあちゃん”像を演じていたのだと気づくのだ。

 数の多い強者にとって都合よく振る舞うことを求められる少数派の弱者が、そんな類型にハマらない自分を主張していく物語。しかし弱者が知恵と勇気を結集して大逆転、という結末ではこれまたステレオタイプだ。どうなるのかと思ったら、意外な展開に笑ってしまった。欲しいものは欲しいと我欲全開で突き進む正子が好ましい。

 正子が若い頃は、女性は結婚すれば家庭に入るのが当然という風潮があっただろう。その後、女性たちの人生の選択は大きく変わっていく。窪美澄『トリニティ』(新潮社 1700円+税)は1960年代、フリーランスで仕事を獲得した女性二人と、主婦の道を選んだ一人の女性の長きにわたる人生の物語である。


 1964年、男性向けのヴィジュアル重視の週刊誌が創刊され大ヒットした。表紙を描くのは無名だったイラストレーターの妙子、コンテンツで辣腕(らつわん)をふるったのは流行に詳しいライターの登紀子。高校を卒業後この出版社に就職した鈴子は編集部で雑務を担当し、やがて結婚を選び退社するが、三人の交流は続いていく。

 妙子は激務に追われ、登紀子は新しく創刊する女性雑誌からも声がかかり、それぞれ仕事に没頭するが恋や結婚、子育てといった悩みにも直面する。今よりももっと女性が働き続けることが難しかった時代、彼女たちの葛藤は相当なものだ。こんなふうに欲しいものを求めてあがき、苦しんできた女性がいたからこそ、今の自分たちがいる。自分たちも次の世代へ繋(つな)げていかねば、と思わされる一冊だ。