はるか遠い未来、さまざまな理由が重なって地球は居住できる星ではなくなり、人類は脱出を余儀なくさせられる。富裕層はさっさと火星に移住して地球の文化を継承する暮らしをさらに発展させていくが、それができなかった人々は移民船に乗りこんで、行くあてもなく宇宙に飛び出し、長くさまよったあげく死に絶えかけたときに、銀河共同体(GC)に加盟する知的種族の宇宙船に発見され、どうにか生きながらえることができた。そしてさらに長い時がたち、地球人が弱小種族ながらGCの一員として認められ、宇宙という広い場でふつうに暮らしている時代が本書の舞台となる。地球人は火星で暮らしている裕福な人々と、移民船団(離郷船団〔エクソダス・フリート〕で地球を離れた離郷人(エクソダン)に大きく分かれ、離郷人はさらに離郷船団で暮らす人々(ディアスポラ)と辺境の植民地で細々と暮らす人々に分かれている。
 地球人の文明が宇宙に飛び出すまでになるはるか前からGCは存在しており、ハーマギアン人、エイアンドリスク人、イリュオン人という三大種族がその中心をなしている。各星系間には、宇宙船が超次元を用いた航法で移動するためのトンネルのような通路が縦横無尽に建設されており、そのトンネル建造船〈ウェイフェアラー〉の乗員たちが本書の主役となる。船長アシュビーと技師のキジーとジェンクス、藻類学者のコービンは地球人、操縦士のシシックスはエイアンドリスク人、ナビゲーターのオーハンはシアナット・ペアというちょっと特殊なシアナット人、医師兼料理人のドクター・シェフはある理由でめったに見かけなくなっている種族のグラム人。それに船全体をケアするAI、ラヴィー。これらの多種族混合メンバーで運航している〈ウェイフェアラー〉に新たに地球人の事務員ローズマリーが加わったところから、物語ははじまる。
 それからの展開は、本書をお読みいただければわかるとおり。〈ウェイフェアラー〉の行く先々、遭遇する事件を追ううちに、銀河系のさまざまな知的種族の人々の姿や特色、風俗などが生き生きと伝わってくる。作者のベッキー・チェンバーズはこれら各種族について外見や風習、言語、歴史に至るまで丹念につくりあげ、ストーリーの展開にしたがって少しずつ情報を明かしていくことで、この世界の全貌をじわじわと見せてくれている。わたしたち読者は、お嬢様育ちで世間知らずの新入り乗員ローズマリーと共にこの宇宙について少しずつ学んでいき、まったくの未知の世界を知るというスペースオペラSF本来の喜びに浸ることができるのだ。

 本書は作家ベッキー・チェンバーズのデビュー作ですが、現代の若い作家(一九八五年生まれ)にふさわしく、この書籍が出版に至るまでにはなかなかおもしろいいきさつをたどっています。謝辞で軽く触れられていますが、執筆資金の確保に迫られた彼女が選んだのは、なんとキックスターターでのクラウドファンディングでした。そこで首尾よく資金集めに成功し、電子書籍で個人出版したものが熱烈なファンを得て、大幅な加筆修正のうえ紙の書籍として出版されたのです。本書の出版が二〇一四年ですが、二〇一六年にはA Closed and Common Orbit、二〇一八年にはRecord of a Spaceborn Fewと、シリーズの続編が順調に出ています。インターネット上では”Wayfarers Wiki”というファンダム作成ウィキも存在し、大勢の人々が熱烈にこの世界に魅了されていることがわかります。
 この本を読みながら、訳者はヴァン・ヴォークトの『宇宙船ビーグル号の冒険』やマデレイン・レングルの『五次元世界のぼうけん』という今は懐かしい物語たちを思い起こしましたが、それより何より、これまでになかった宇宙世界をゼロから創りだした創世の神のような作家の手腕に驚きました。最近のSF小説のスペースオペラ分野では、艦隊戦闘ものや『スター・ウォーズ』『スター・トレック』リスペクトがありありとわかる世界観に乗っかった作品があふれていますが、これまでにないまったく新しい世界を創りだしたという点で、本書は一線を画しているという評価ができるでしょう。
 何よりもこの世界では地球人は欠点だらけの弱小知的種族にすぎないという点に、訳者はもっとも驚嘆すると共に共鳴を感じました。たしかにわたしたち現実の地球人も互いに殺し合いをつづけ、見境のない欲望の追求により自然環境を破壊し、地球に終焉をもたらそうとしています。
 現代のわたしたちの世界で生きていくうえでもさまざまな問題が噴き出していますが、ベッキー・チェンバーズはGCの優越種族のありかたを描くことで、わたしたちのリアル世界の問題を解決する一助となりそうな考え方を示唆しています。とりわけ、エイアンドリスク人の孵化ファミリー、羽根ファミリー、家ファミリーという人生のそれぞれの段階に対応した柔軟な共生のありかたは、現代の少子化、孤立化問題の解決法のひとつだと思えてなりません。グラム人の悲しい歴史をドクター・シェフから学び、人体改造や遺伝子操作により完全無欠の人間をつくろうとするムーブメントの是非をジェンクスや彼の友人のペッパーの経験から考え、さらには異種族の領域で逮捕されてしまったコービンのエピソードから彼のような人物の存在理由などにも思いを馳せるうちに、読者は現実のこの世界の在り方について深く考えることになります。さらにAIのラヴィーと愛しあうジェンクスの姿から、現在進行中のAI進化の彼方の風景にも目を向けることになります。銀河宇宙を自由に旅する遠い未来の人々も、現代の世界と同じような問題に悩み苦しむ──知性体が生きるということの本質が見えてくるような気がします。
 文庫本にして六百ページを超える長編ながら、原書でも語り方や表記のしかたに随所で工夫が凝らされている本書ですが、作品全体を通じて感じられる、弱いものへのやさしく温かな眼差しも読者の共感を誘うでしょう。これは米国でも自由な気風で知られるカリフォルニア生まれで、謝辞からもわかるように現在同性のパートナーとカップルになっている作家の人生観から生まれているように思えます。種類を問わずマージナルな存在への世間の不当なあつかいに対するの健全な怒りと、マイノリティにとってもやさしい世界に導きたいという願いが痛切に感じられます。
新たな世界を創りだすというSFの王道に帰ったようなこのシリーズは、英米SF界でも高い評価を受けています。本書は二〇一六年にクラーク賞、英国幻想文学大賞新人賞、ティプトリー賞候補となりました。今年に入ってからは(二作目につづいて)三作目もヒューゴー賞の長編小説部門にノミネートされ、シリーズ部門の候補にも挙がっています(発表は八月)。誠実で真摯な創作活動を続けるこの作家の今後の活躍が大いに期待されるところです。

 出版当初から本国で高い評価を受けていたこの作品を日本語で紹介するまでに五年もかかってしまいました。新鋭現代作家の若い感性と文章に対応できるかがそろそろ危ぶまれる年齢と語学力の訳者ですが、多くの方々のご協力のおかげで、どうにか日本版完成にこぎつけることができました。本当にありがとうございます。

  二〇一九年四月(平成時代最後の月にて)