一昨年刊行したフランシス・ハーディングの『嘘の木』が、コスタ賞児童文学部門賞と大賞をダブル受賞していましたが、本作はコスタ賞新人賞と大賞を同時に受賞した作品です。
 賞の選考委員たちが大絶賛したことが話題になりました。


 語り手は19歳の青年。
 精神科にかかっている統合失調症のぼく、マシュー・ホームズ。
 ぼくには、三つ年上の兄がいた。ダウン症だった兄はつねに一家の中心にいて、ぼくは彼が大好きだった。

 その兄、サイモンが12歳で(マシューが9歳の時に)死んでしまう。それはマシューの思いつきが招いた事故でした。
 家族でキャンプ場に来ていた時、夜中にマシューは「死体を見たくない?」とサイモンを誘ったのです。そして二人でこっそり出かけ、雨の降りだすなか、マシューは昼間見かけた女の子が埋めた人形を掘り出します。「ほら、サイモン、一緒に遊びたいってさ」そう言いながら、マシューの掲げた汚れた人形を見たサイモンは、パニックになり、走りだし、崖の道の木の根が飛び出しているところで転倒してしまう……。倒れたサイモンの首は曲がったままでした。
 マシューは自責の念で精神を病んでしまう。そして、家庭はかつてとはちがうものになっていきました……。

 ママは頭がおかしい……そうは見えないかもしれない……ある日息子を学校から遠ざけて家に閉じ込め……。
 絶対に落書きなどというものをしないはずのパパは、ぼくが一人暮らしをしていたフラットに行って、ぼくがめちゃくちゃにした室内のペンキを塗り替え、そこに「ともに打ち勝とう。一緒に乗り越えるのだ」とそっとボールペンで落書きをしてた。

 今、19歳になったマシューは精神科の治療の一環として自分のことを書き綴っているのです。

「肩越しにのぞき見しないで」そう書かないとソーシャルワーカーは、ぼくの書いているものを盗み読みする……。
 学校でぼくは、仲良しのジェイコブの肩をコンパスで何度も刺してしまった。
「まったく情けないよ」パパがママにそう言っているのが聞こえた。
 
 ぼくは介護師になった。重度の障害のあるジェイコブの母親の世話を彼と二人でした経験が役に立っている。でもジェイコブは他の友達と暮らすようになって、ぼくはひとりぼっちになってしまった。

「マシュー、ぼくを忘れないで。絶対に忘れちゃいやだよ。こっちに来て一緒に遊んでよ」 ぼくには、サイモンの声がいつでも聞こえる。

 精神科病棟の看護師だった著者だからこそ書ける、病んだ青年の内面と行動、家族関係、そして彼をとりまく人間関係……時間軸はゆがみ、彼の思いは複雑に折れ曲がり、ねじれては解ける。その見事な書きぶりが選考委員たちの心に響いたのでしょう。
 
 映画監督のジョー・ダンソーンは「恐るべきデビュー作。魅力的で、微苦笑を誘う独創的な作品」と評しています。「タイムズ」紙は「感動的で同時におかしみもあるデビュー小説」という書評を載せ、作家S・J・ワトソンは「胸が引き裂かれるようだ」と述べています。
 
 マシューの心は、病気になって壊れてしまっているわけではありません。
 不安な、生きにくい現代に私たちは生きています。私たちの一人ひとりにどこか似ているマシューという青年の手記の中に、人間の真実が見えてくる、そんな本書を是非ご一読ください。