まずは翻訳から、『世界名作探偵小説選』(山中峯太郎 訳著 平井雄一 註・解説 作品社 6800円+税)は一昨年(おととし)の『名探偵ホームズ全集』に続く、山中峯太郎の児童向け翻案を復刊する企画です。ポプラ社の叢書《世界名作探偵文庫》《ポー推理小説文庫》に山中が訳出した作品が集成されています。ホームズ全集と同様に、監修者平山の註と解説ありきの復刊で、《ポー推理小説文庫》刊行の契機に関する考察など教わることが多いですね。


 目玉はそのポー翻案の復刊で、各作品がデュパン探偵の活躍譚として出版された、またはデュパン探偵のもとに小説が送られてくる設定とした改変が目をひきます。この設定付けによって、名探偵に事件が持ち込まれる筋を自然なものにして、「黒猫」にデュパンを介入させるという大胆な翻案を成立させています。「モルグ街の殺人」「盗まれた手紙」に独自の繋(つな)がりを持たせるといった工夫も面白い。親本は全五巻を目論(もくろ)みながらも三巻までで途絶したのですが、予告だけで刊行されなかった「マリー・ロジェの謎」「黄金虫」も山中の翻案で読んでみたかったものです。

《世界名作探偵文庫》から収録のサックス・ローマー、バロネス・オルツィ作品のほうは山中の得意分野の冒険小説・スパイ小説で、名調子の語り口が存分に活きた楽しい翻案になっています。

 R・オースティン・フリーマン『キャッツ・アイ』(淵上痩平訳 ちくま文庫 950円+税)は、戦前に『猫目石』の題で抄訳版が出ていたソーンダイク博士もの第六長篇の新訳・完訳版です。


 ソーンダイク博士の主任弁護士アンスティが、帰宅中に女性の悲鳴を聞きつけて助けに向かったところ、強盗殺人事件の現場に行き当たりました。ところが人殺しまでした強盗は値のつく貴金属には手をつけず、さほど価値の無いキャッツ・アイが嵌め込まれたアクセサリーを盗んでいっただけだというのです……。

 語り手のアンスティ弁護士が、知人の親族の屋敷で起きた事件に遭遇し、出会った女性に恋心を抱いたこともあって積極的に関わることになる筋立てです。雑誌連載だった事情かアクションが多く、アンスティが女性を助けようと危地に飛び込んだり、ソーンダイクと共に罠に陥ったりと冒険小説さながらですが、そんな物語の大団円で、散りばめられた謎をソーンダイク博士が淡々とした推理で解いていくのは面白い。あまりに神のような名探偵ぶりに、読者が謎解きを楽しむ話ではなくなっていますが、それで良いのだと宣言するかのような幕の下ろし方が印象的です。

 創元推理文庫からは文庫創刊60周年を記念した企画の一環として《名作ミステリ新訳プロジェクト》がはじまっています。第1弾はアガサ・クリスティ『ミス・マープルと13の謎』(深町眞理子訳 創元推理文庫 900円+税)で、ミス・マープル初登場作を含む短篇集です。新訳に際して各篇の訳題がいくつか改められました。


 自らが体験した不思議な事件の謎を他の参加者に推理させる〈火曜クラブ〉での催しを発端に、ミス・マープル自身が暮らすセント・メアリ・ミード村で起きた身近な事件になぞらえながら見事な推理を披露します。いずれも素晴らしいのですが、どれか挙げるならばマープルが未来の犯罪を予測する「クリスマスの悲劇」と、安楽椅子探偵のスタイルを逆手にとった「バンガローの事件」でしょうか。視覚的に印象深い「舗道の血痕」もおすすめです。