名作新訳プロジェクト、今月の一冊は名手、田口俊樹先生によるダシール・ハメットの『血の収穫』です。
 ハメットと言えば ハードボイルドの始祖ともいうべき作家。それを田口俊樹訳で読めるというのは、令和の幕開きにふさわしい大事件といえましょう。1953年の砧一郎訳に始まり、1989年の小鷹信光訳までの7人を経ての本書の登場です。

「われわれは眠らない」というモットーを掲げたピンカートン探偵社の調査員という実体験に裏打ちされた、コンティネンタル・オプものは、長編2作(オプ初登場の本書と『デイン家の呪い』)と中短編28作。他にサム・スペイドもの、ネド・ボーモンもの等があります。ちなみにピンカートン探偵社のマークは見開いた片目なのですが、私立探偵をプライベート・アイというのは、ここからきているようです。
 
 長編第一作である本書はタイトル通り、とにかく「血と暴力」という言葉がふさわしい、感傷を排除した、これぞハードボイルドというべき一冊です。
 そして、コンティネンタル・オプ初登場の作品という意味でも非常に重要な作品です。
 ちなみに『Time』誌が1923年から2005年までの英語の小説ベスト100を選んだ時に本書が選出されていますから、評価の高さがわかるというもの。

 吉野仁先生の丁寧な巻末解説をお読みいただければわかりますが、本書のプロットは小説、映画、漫画にかなり使われています。例えば黒沢明の『用心棒』。これは、黒沢監督本人が「断わらなくてはいけないほど使っている」と語っているそうです。
 もっともっと様々な作品が挙げられていますので、傑作を名新訳で味わわれたあとは、そちらもお楽しみください。

 ところで、ハードボイルドとは、とにかく客観的事実を簡潔に書き記すと定義されますが、私とある若手女性編集者とがよく話題にするハードボイルドの定義を、お教えしましょう。
 まず誰かが失踪してそれを探偵が探す。というものと、探偵が殴られて昏倒して、目覚めるとしばられている……。これは非常に大事な要素と思われます。ふふふ。いかがでしょう? 「ちがうだろう!」という声が聞こえます。はい。
 
 ハードボイルド御三家といえば、このハメットと、ロス・マクドナルドとチャンドラーです。田口先生は、本書と、ロス・マクドナルドの『動く標的』を推理文庫で新訳してくださいましたから、次なるハードボイルド新訳は、言わずと知れたチャンドラー、ということになります……よね、田口先生?!