本書はケベック出身のカナダ人作家、シルヴァン・ヌーヴェルのデビュー長編である『巨神計画』Sleeping Giants(2016)と、その第二作『巨神覚醒』Waking Gods(2017)に続く巨大ロボットSF三部作の完結編、Only Human(2018)の全訳である。
 物語はずっとつながっているので、本書だけ読んでもその面白さが十分伝わらないおそれがある。まだ読んでおられない方は、ぜひとも第一作『巨神計画』から読まれることを強くお勧めする。あっと思わせるような驚きに満ちていて、本当に面白いのだから。

 というわけで、ここから先はこれまでの作品を読み終わった方が対象です。ネタバレも含まれているので、注意してくださいね。もちろん、そんなことは気にしないという方はどうぞご自由に。物語の展開がわかっていたって、面白いことに変わりはないのだから。

 まずはこれまでのストーリーを思い出しておこう。
 そもそもの始まりは、本書にも登場する物理学者のローズ・フランクリンが(いや、そこにもちょっとした仕掛けがあるのだが、ここでは気にしない)十一歳の少女のころ、アメリカの片田舎の森を散策中に突然穴に落ち、巨大な金属製の掌の上にいるところを発見されたことにあった。その経験が、以後の彼女の運命を大きく左右することになる。
 この地球上に、はるか六千年前、人間ではない何者かがイリジウム合金製の巨大な人型ロボットのパーツをばらまいていったのだ。後に物理学者となったローズは、そう確信し、アメリカ政府の上層部と関わりのある謎の人物〈インタビュアー〉の指揮の下、全世界からそのパーツを極秘に発掘し、巨大ロボットを復元する計画に邁進する。
 何しろ秘密のプロジェクトで、おまけにパーツはベーリング海の底とか、ややこしいところにも埋もれており、アメリカが何かおかしなことをやっていると察知した各国の動向も絡んで、なかなかきな臭い展開を見せる。ともあれ、『巨神計画』の終わりには、やっと一体の巨大ロボット〈テーミス〉が復元される。
 このテーミスというやつ、人型で、その体高は六十メートルを超えるという巨大さだ。中に操縦者が入り、その体の動きに従って動くようになっている。操縦するのは一人では無理で、少なくとも上半身担当と下半身担当の二人が必要だ。しかも下半身ときたら、人間とは膝の向きが逆になっていた。いったいどうやって操縦できるというのか。
 それでも様々な困難と悲劇を乗り越えて、ローズたちはテーミスを動かせるようになる。操縦者はヴィンセント・クーチャーとカーラ・レズニック。試行錯誤の中でわかったのは、テーミスが想像を絶する恐ろしい武器となることだった。そのうえ、その最終段階で思いがけないことが生じるのだ。
 そして続く第二作『巨神覚醒』では、ロンドンにいきなりテーミスとは別の巨大ロボットが出現する。何千年も前にテーミスを残した異星人のものに違いない。初めはただ何もせずに立っているだけだったが、軍隊が早まった攻撃をしようとした時、悲劇が幕を開ける。ロボットによる最初の攻撃で、十三万人以上が命を落とす。さらに世界中の大都市に同じような巨大ロボットが出現し、人類に対する大規模な殺戮を始める。いまや対抗できるのはたった一体のテーミスだけだ。〈地球防衛隊〉の一員となったヴィンセントとカーラは、テーミスを操縦してそれに立ち向かうのだが……。
 主要人物たちもどんどん退場し、このままでは人類絶滅も近いと思われたとき、そこに登場するのが、巨大ロボットを動かすために生まれてきたような少女、エヴァだった。両親がアニメオタクで、エヴァンゲリオンからその名をつけられた少女だという。
 彼女らの活躍もあって、一億人もの犠牲を出したあと、敵は去って行く。しかし最後の最後に、またとんでもない展開が待っていた。エヴァ、ヴィンセント、ローズ、そして地球防衛隊司令官のゴヴェンダー准将が、テーミスに乗ったまま地球外へ転送されてしまったのだ。

 そして本書である。
 さて、これまでの物語の中で、異星人たちの正体もほのめかされてきている。実は数千年前から、地球の人類の中に異星人の血を引き、彼らの遺伝子を持つ人々がある割合で存在していたのだ。つまり現代の地球人はほぼすべてが、薄い濃いはあっても、異星人の子孫なのである。このことが異星においても、地球においても、大きな意味をもつことになる。
 本書はその異星――エッサット・エックト――での、エヴァたちの日常生活から始まる。彼ら四人は、もう九年間もこの星でエックトたちと暮らしている。その中で、ここの生活に順応しているエヴァと、何としても地球へ帰ろうとする大人たち、とりわけエヴァの生物学的な父親であるヴィンセントとの、親子の対立が深まっている。そしてついに、トラブルを抱えながらも、病気で亡くなった准将を除く三人はエヴァの友人となったエックトの少年とともにテーミスで地球に帰還する。
 地球は大きく様変わりしていた。九年前の大破壊のあと、アメリカは一体だけ残っていた巨大ロボット、ラペトゥスを修理し、操縦者を調達して、疲弊した世界の覇権を握ろうとした。今や世界の半分はアメリカの支配下にある。ヴィンセントの故郷、カナダもそうだ。ロシアはロシアで、大量の核兵器による相互確証破壊戦略をとって対抗し、まるでその昔の冷戦下のような世界となっている。
 彼らが降り立ったのは、そんなロシアの領土だった。ロシアはテーミスを手に入れ、アメリカに対抗するためそれを使おうと考える。エヴァたちはその思惑に翻弄されることとなる……。

 その先は実際に本書を読んでもらうとして、ここでは第一作からずっと続く、本シリーズの大きな特徴について触れておきたい。それは叙述が、インタビューや報告書、録音や通信文のみによって成り立っているということだ。客観描写がなく、誰かの主観で語られる断片的なレポートの集合体となっているのである。それでも話がこんがらかることはなく、ポイントのみの描写であっても何が起こっているかはよくわかる。第一作の解説で渡邊利道さんが指摘しているように、このスタイルはSNSでの実況を見ているようだというのが、まさに当を得ていると思う。全体の枠組みは荒唐無稽なのに、細部にはリアリティがあり、一人一人は自分の見た等身大の真実を語っているのだが、その集合となるとどこまでがリアルなのかわからない。背景にある大きな事実がぽっかりと抜けているような、そんな不確かな感じが残る。そこがまた現代的といえるのだろう。
 また本書ではとりわけ家族の問題が大きく扱われており、とくにエヴァとヴィンセントの関係はほとんど致命的といえるほどに悪化している。それが本書では物語の展開に大きく関わってくる。
 第一作の深まる謎とサスペンス、第二作の大スペクタクルな戦闘と恐怖、そして第三作で目の当たりになる社会的な変化。このシリーズにはそんな状況を伝える断片的な報告の背後に、えっ、そうくるかと思わせる、作者の徹底した「読者の予想を裏切ってやろう」とする意図が通底している。
 そして本書で大きくクローズアップされるのが、現代の社会情勢と通じる異種恐怖的な差別問題であり、異なるものへの憎悪と排斥の問題である。前作までは未知の異星人という明らかな敵があった。それが背景に退き、異星人と地球人にはわずかな遺伝子の違いがあるだけとなった。するとその違いを強調し、A1からA5まで影響の強さを段階的にあらわして、異星人のDNAを濃く引き継ぐA5の者から強制収容所に放り込むディストピアが生まれた。人々は疑心暗鬼に陥り、A4、A3といった人々も差別され、しだいに排斥されていく。主人公たちがテーミスで戦う相手は、今度は同じ地球人の乗ったラペトゥスとなるのだ。こんな愚かな対立に、はたして終止符を打つことはできるのだろうか。
 この数年の現実世界の変化(とりわけアメリカとヨーロッパの)が、本書のようなエンターテインメント作品にも影を落としているのだろう。社会の分断、ヘイト、フェイク、中でもおそらくヨーロッパにおける右傾化と移民排斥の問題が、この物語に重くのしかかっているようだ。
 日本のロボットアニメに影響され、息子のために作ろうとしたおもちゃのロボットのバックグラウンド・ストーリーを発展させたというこの小説が、まさかこんな重い形で終わるとは、もしかしたら作者も考えていなかったのかも知れない。でもこれは現代に生きるわれわれが避けては通れないテーマであるし、物語の中にうまく消化されているので、素直に楽しんで読める。何より無敵なはずの巨大ロボット同士の格闘という、わくわくするような面白さがあるのだ。
 作者はこの三部作のあと、最新の中編The Testを大手出版社Torの電子書籍中心のレーベルから発表している。これもまた近未来のイギリスでの、移民問題を扱ったSFである。作者がこのテーマに強い関心を持っていることがわかるというものだ。