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 1960年代の後半から70年代初頭にかけて、ドナルド・E・ウェストレイクという作家は、キラキラしていました。ただし、日本では、微妙な空白があって、60年代末の部分が、まとめて70年代に入ってから輝いて見えたところはあります。
 60年に『やとわれた男』で長編デビューし、次の『殺し合い』と合わせて、マッギヴァーンが路線変更していく空白を埋める作家として期待されました。62年にはリチャード・スターク名義の悪党パーカーのシリーズが始まります。それらは、60年代半ばに邦訳され、日本でも同様の期待を担うことになります。このころのハードボイルドやノワールの作家は、多くが、同時代の日本では無視されるか、ひとつふたつ紹介されたきり顧みられなかったのに対し、唯一の例外となりました。世界ミステリ全集のスピレーンとマッギヴァーンの巻に、三人目として入ったのは『悪党パーカー/人狩り』でした。日本での空白というのは、『憐れみはあとに』の次の『弱虫チャーリー、逃亡中』で、コミカルな作風に転換したところです。この作品の出来が、いまひとつだった上に、MWA賞を獲った『我輩はカモである』は、翻訳が遅れました。加えて、ウェストレイク自身の、クライムストーリイはもう書かないという発言が伝わりました。ハードボイルドの期待の星が、コミカルな路線に転じ、ストレイトノヴェルの作家になるというのです。『弱虫チャーリー、逃亡中』が68年に翻訳されてから、数年のブランクが生じました。
 1972年に『ホット・ロック』が翻訳されました。原著刊行の2年後でした。角川文庫だったので手にとりやすかった上に、その年、日本でも公開された、ピーター・イェーツ監督による映画化は、上り坂のロバート・レッドフォードが主演でした。ご存じのとおり、ジョン・ドートマンダーものの第一作です。以下、このシリーズは続けざまに翻訳され、タッカー・コウ名義のミッチ・トビンもの(刑事くずれシリーズ)がポケミスで訳されます。ハメットを継ごうかという、今様に言うと、ノワール寄りのハードボイルド作家から、悪党パーカーとドートマンダーという対照的な――しかし、現代的な(いわゆる怪盗ではない)犯罪者という意味では共通する――シリーズキャラクターを書き分ける、才気煥発な作家への変身でした。77年には、満を持してという感じで『我輩はカモである』(マルクス兄弟の映画の邦題と同じで、私は変えた方がよいと思っています。原題はGod save the mark)が翻訳されます。確かに、このころのウェストレイクはキラキラしていました。
 しかし、これらのキャリアは、すべて長編小説によって築きあげられたものでした。確かに、ヒッチコック・マガジンには、いくつもウェストレイクの短編が訳されていました。しかし、あまり評判にはなっていないし、日本語版EQMMやミステリマガジンにも、散発的にいくつかの短編が載っただけでした。『やとわれた男』でデビューする前のウェストレイクは、自らミステリ雑誌の編集長をやりながら、その雑誌を含めて短編を書きまくる(SFも書いていました)という時代がありました。けれども、それは見るからに、世に出る前の修行時代でしたし、そういう経歴があったことさえ、日本では知られてはいませんでした。
 ウェストレイクの短編に、まず目を向けたのは、小鷹信光でした。以前も書いたように、『37の短篇』が編まれ、パパイラスの舟から新パパイラスの舟に移行する1973年は、翻訳短編ミステリの歴史を考える上で、ひとつの節目の年です。小鷹信光は、短編ミステリの未紹介部分を埋めることを始めます。スピルバーグ(まだ無名でしたが)の映像化の後押しもあって、リチャード・マシスンの「激突!」を訳し、同名の短編集を出すところにまで、こぎつけました。ウェストレイクが頻繁にミステリマガジン誌上に姿を見せるのは、73年1月号の「慈悲の殺人」からです。その号のパパイラスの舟は、ニューヨーク生まれの五人の作家を取りあげるという趣旨で、中のひとりがウェストレイクでした。ちなみに他の四人は、スタンリイ・エリン、ミッキー・スピレイン、エヴァン・ハンター、ヘンリイ・スレッサーです。いずれも、この連載で紙数を割いて取り上げた作家でした。5年後の78年、小鷹信光編による『ウェストレイクの犯罪学講座』がハヤカワ・ミステリ文庫から出版され、いまをときめくウェストレイクの、初期短編ミステリの姿が明らかになりました。

『ウェストレイクの犯罪学講座』には、小鷹信光らしい、行き届いた短編リストがついています。1954年に始まって、大半は1966年までに書かれており、67年には長編『我輩はカモである』を書いて、これがMWA賞を獲ります。それ以降は、短編をほとんど書いていません。ウェストレイク自身が、短編に重きをおいていなかったことが分かります。後年、「悪党どもが多すぎる」でウェストレイクがMWA賞の短編賞を獲ったとき、ドートマンダーものの短編があったことを知らなかったこと以上に、それがエドガーを獲ったことそのものに驚いたものです。
 初期のリストをながめていると、マンハントよりもヒッチコック・マガジンに登場することが多いのに、まず驚きます。さらに言えば、マンハントよりも、マイク・シェーンやセイントの方が多い。邦訳もヒッチコック・マガジンが多いのです。キャリアの初期に出てくるミステリ・ダイジェストという雑誌は、ウェストレイクが編集長だったもので、小鷹信光も「かなりいい加減な雑誌であり、編集長だったようだ」と、編者メモランダムで評しています。50年代の作品では、私立探偵エド・ジョンスンのシリーズの一作目「シルヴィアが死んだ」がミステリマガジンに載りましたが、平凡な作品で、同じシリーズから小鷹信光が短編集に採った「殺しの時」にしても、テレビシリーズ「サンセット77」とのタイアップと思われる「巨象のブルース」にしても、ディテクションの小説は、あまり得手ではないようです。むしろ、老刑事レヴィンのシリーズから選ばれた「ろくでなしの死」の方が見どころがある。レヴィンが担当することになったのは、ある前科者が殺された事件でした。実の兄弟を含めて、誰からも犯人を見つけ出すことを望まれていない「ろくでなしの死」です。相棒の若い刑事も「そう一所懸命になる必要はない」と言い出します。『ウェストレイクの犯罪学講座』は、各編に題名の他に講義科目名ふうの肩書がつく趣向ですが、そこには「事件が解決されない警察小説のサンプル」とありました。ここでも、事件や謎とその解決といった面白さではなく、誰も積極的に解明を望まない被害者を殺した犯人を、ひとりむきになって求めていくという、主人公のレヴィンを描くところに面白さがある。事件そのものよりも、事件に向き合う主人公の姿を描くことに力点があるのです。そういう意味で、タッカー・コウ名義の刑事くずれのシリーズの先駆と言えます。当時流行したネオ・ハードボイルドは、主人公の(多くは屈折した)個性と事件がぶつかりあうことが特徴的でしたが、その中にあって、ミッチ・トビンのシリーズは、事件そのものを置き去りにするかのような、ある種のバランスの悪さが、かえって魅力的だったことに思い到ります。
「罪人か聖人か」はウィリアム・オファレル「そのさきは――闇」やヒュー・ペンティコースト「子供たちが消えた日」と並んで、クック編の『年刊推理小説・ベスト10』に収録されました。詐欺師の二人組が、ダイヤの詐取を狙って脱獄し、教会の牧師になりすます話でした。愉快でハートウォームな一席は、逆にウェストレイクらしからぬものでした。同じコミカルなクライムストーリイでも、後年の作品は、もう少し厳しい現実観の上に立っているように、私は思います。「慈悲の殺人」は安楽死請負という、深刻なテーマで、それを勧誘にセールスマンがやって来る冒頭は、エリンの「ブレッシントン計画」もかくやとばかり。勧誘を受ける段取りが細かいなと思っていると、プロット重視のアイデアストーリイというより、ヒロインの心の動きを描く一編だと分かります。佳品と言えるでしょう。
 ヒッチコック・マガジンが主戦場だったにも関わらず、ウェストレイクはアイデアストーリイも、それほど得意ではないように思います。「死への船旅」「最後の幽霊」「未必の故意」「錠をかけろ」といった作品を読めば、それが了解されるのではないでしょうか。話のオチとか解決のためのアイデアといったところに重点を置いた作風ではないように思えるのです。以前ヒッチコック・マガジンのところで読んだ「さようなら おやすみなさい」は、数時間前に録画されたものを、生中継ふうに流している、自分のテレビショウを自室で見ている主人公が、オンエアされるとほぼ同時に襲撃され、撃たれているという設定でした。限られた容疑者がいて、死に瀕した主人公は犯人をつきとめますが、そんなことよりも、おそらくは、まもなく死ぬであろう主人公の前で、数時間前の撃たれる前の自分が、常に元気に喋っているという不思議な感覚が魅力的でした。それはおかしな状況設定ではあっても、それがストーリイを駆動したり、話にオチをつけるといったものではありませんでした。

 ウェストレイクの短編ミステリの中で、これは思うものは、状況設定の奇妙さに、主人公が翻弄されるところに共通点があります。
「悪ふざけ」は主人公が妻を殺したばかりのところから始まります。自分がシャワーを浴びていたら、妻が冗談でナイフをかざして襲ってきた(前日に何の映画を観たかお分かりですね)のを、あやまって逆に殺してしまったというシナリオです。日ごろそんな冗談をする女ではないので、なおのこと事故が起きたというのが、巧妙です。警察は話を信じ、コトは順調に運ぶかに見えましたが……。主人公にはスレッサーふうの皮肉な結末が待ち受けていますが、その皮肉は、主人公が運命のいたずらとでも言うべきシチュエーションに巻き込まれるものでした。それは、いささか脱力ものでもありましたが、苦笑を誘うといった態で、そう悪いものではありません。もっとも、この一編は、まだ、アイデアストーリイと言えなくもありません。
 しかし、これが「殺人の条件」になると違います。浪費家の妻を殺害するために、周到にアリバイを準備して(シカゴにいることになっている)、自宅に犯行のため戻ります。無事犯行を成就させたと思いきや、そこへ次から次へと人がやって来る。セールスマンやら、ご近所の人やら、あげく電話までかかってくるのです。出なきゃいいものではあるのですが、初めに、つい一度対応してしまったことから、歯車が狂っていく様がユーモラスでした。
 あるいは、脅迫を扱った二編を比べてみましょう。「手紙」は、それほど親しくもなかった大学の同級生から、主人公が手紙を預かります。どうも険呑な内容のようで、時がきても取りに戻らなかったら、警視総監に送るよう頼まれる。しかも、その友人は惨殺されてしまいます。アイデアストーリイというほどのアイデアでもないものが話のオチとなっている凡作です。一方「不運な恐喝者」は、自分の雇い主である弁護士が、ゆすりをやっていることに気づきます。時間をかけて、そのネタのコピーをとり、他方、郵便局に暴露雑誌から局留め郵便が自分あてに毎週来ているよう偽装する。五日経っても自分が受け取りに来なければ差出人の暴露雑誌に手紙は返送される。それを利用して、恐喝のネタを自分が受け取りに行けない状態になったとき、書類のコピーが暴露雑誌に届くという寸法です。ところが、上司の前に出ると、脅迫の文言を口に出来ないという展開が、まず、ズッコケていておかしい。しかも、口にできないまま風邪をひいて高熱を発し、郵便局に行けなくなる。さらに、これがデッドラインという日は大雨で、高熱の主人公はなおさら外出できません。郵便局に行く行かないといった、事情を知らない主人公以外の人々には些末なことで、周囲を巻き込んだ大騒ぎになってしまう。ふたつの短編のうち、後者の方が面白いのは明らかでした。
 そして、とりわけ重視したいのが、次の二編です。
「すこし太ったな」の、ムショ帰りの主人公が戻ってきたのは、浄化が進んでしまい、かつてのアウトロー仲間がいなくなった町(相棒はタクシーの運転手になり妻子までいます)でした。少し慣れたら犯罪の世界に復帰しようとした主人公は肩透かしをくらって……という話。あるいは「最悪の日」です。悪党パーカーばりに慎重に銀行強盗の計画を練った主人公のもとに、相棒が一日延期を告げに来る。ご当地出身の宇宙飛行士が、凱旋パレードをするというのです。街じゅう大騒ぎの上に、肝心の銀行は閉まってしまう。一日延期はやむをえません。翌日、秒刻みの計画通りにホールドアップを敢行し、逃走用の車に乗り換え、街を周回するハイウェイに飛び込み、空港を目指します。ところが、空港出口のランプが見つからない。そして、見つからないままに、周回ハイウェイをぐるぐる回ることになる。「不運な恐喝者」同様、主人公の犯罪者は、状況に喜劇的に翻弄されます。
「すこし太ったな」は、出所したばかりの主人公が、様変わりした街に感じる違和感(題名のリフレインが効果的)と、その解消の仕方が見事でした。「最悪の日」の、喜劇的な設定の巧みさは、読み取りやすいでしょう。どちらもともに、推奨に値する、ユニークなクライムストーリイの佳品ですが、このふたつをブレンドすると、ジョン・ドートマンダーのシリーズ第一作『ホット・ロック』に行きつくであろうことは、一目瞭然です。
 刑事レヴィンがミッチ・トビンを連想させたように、ウェストレイクの60年代の短編からは、のちの大成したウェストレイクの芽を見出すことが出来ます。そのいくつかは、確かに面白く、いま読んでも色あせてはいません。にもかかわらず、キラキラしていたのは、長編のクライムストーリイで、次から次へとユニークな作品を産み出していったドナルド・E・ウェストレイクという作家なのでした。

※ EQMMコンテストの受賞作リスト(最終更新:2014年11月5日)