続篇が出たことに驚いたのは吉田修一『続 横道世之介』(中央公論新社 1600円+税)。前作ではバブル真っ盛りの1980年代後半に大学進学のために上京したお気楽な青年、横道世之介の一年間が描かれた。今作では世之介は就活に全敗したまま卒業、アルバイトとパチンコに明け暮れる日々を送っている。大学時代からの友人コモロンと酒を飲み、パチンコ店で見かけたすし職人志望の女性・浜ちゃんと親しくなり、ひょんなことからシングルマザーの桜子の実家、小岩(こいわ)の自動車整備工場で彼女の父と兄の仕事を手伝ったりもする。


 世之介だけでなく、みなが人生の「うまくいかない時期」を送っている。コモロンは会社が辛くて辞めてしまうし、浜ちゃんの修業は厳しく、桜子は幼い息子を一人で育てている。桜子の兄の隼人は、中学生時代にケンカした相手が意識障害の寝たきりとなって以来、大人になった今も見舞いを欠かさない。それでも、世之介と関わる時は、彼らは笑顔をみせている(世之介に呆れていることも多い)。

 月日が経って世之介と関わった人々が当時を振り返るパートが挟まれる点も前作同様で、今回は東京オリンピックのマラソン競技が行われている近未来の東京が舞台となっている。前作既読の人はその後世之介がどうなかったかを知っているわけで、ある種の感慨を持って読むことになるだろう。笑った後でじわりとくるのは、今作も同じ。

 上田岳弘の芥川賞受賞作『ニムロッド』(講談社 1500円+税)は、少ない登場人物、今日(こんにち)的なモチーフの中で、これまでも著者の作品の中で扱われてきた“人類の営み”へと思いをはせる作品。メインに描かれるのは勤務先のIT会社から仮想通貨の「採掘」を頼まれた中本、同じ会社に勤務し、一時期うつ病を患(わずら)っていた先輩、証券会社で颯爽(さっそう)と働くものの、染色体検査の結果を受けて中絶した過去をひきずる中本の恋人の三人。


 ビットコイン、ネット上に実在するまとめサイトの「駄目な飛行機」コレクション、旧約聖書のバベルの塔といったエピソードがちりばめられ、技術やシステムの進化と合理化に突き進む人間の欲望と、そこからこぼれ落ちていくものや人への哀愁が混じり合う。そこに生まれるのは不穏や不吉な予兆というよりも、決して届かない何かに手を伸ばしているような人間の寂しさだ。他の作品にも通じるが、未来に対してノスタルジーを感じさせる読み心地がしっくりとくる。

 がらりと変わって、大島真寿美『渦 妹背山婦女庭訓魂結(いもせおんなていきんたまむす)び』(文藝春秋 1850円+税)は、実在した浄瑠璃(じょうるり)作者、近松半二の生涯を一気読みさせる一作。江戸時代の大坂・道頓堀(どうとんぼり)。小さい頃は賢いと言われ、父に連れられた浄瑠璃に夢中になり学問がおろそかになり、浄瑠璃を書けと言われてその気になるもなかなか進まず、書いても駄目出しばかり……。


 と、人間味のある半二の姿が、盟友的存在など個性豊かな人々との関わりを交えながら語られていく。当時、浄瑠璃は経営が決して順調ではなかったこと、竹本座(たけもとざ)と豊竹座(とよたけざ)とのライバル関係や歌舞伎との関連性など、市民の娯楽生活史としても味わい深い。が、後半は創作とは何か、創作の「渦」とは何かというテーマに対し深みが増し、「妹背山婦女庭訓」が生まれる過程はエキサイティング、この名作の渦に読者も心地よく巻き込まれていく。浄瑠璃にまったく詳しくなくても存分に楽しめる上、実際の公演への興味も湧いてくる。軽やかで実に深い力作。