婚活小説と聞いていたから、てっきり女性が婚活を通してさまざまな男性と出会ったり、自分の人生と向き合う話だと思っていた。甘かった。辻村深月の新作『傲慢(ごうまん)と善良』(朝日新聞出版 1600円+税)は、恋人がストーカー被害を訴えた末に失踪してしまうところから始まる。
 東京に暮らす39歳の架(かける)は、経済力も安定し、社交的。ずっと結婚に踏み切れずにいたが、婚活アプリを使用して複数の女性とデートを重ねた末、真実という女性と交際して二年になる。真実がストーカー被害に遭ったことから同居を開始、ようやく結婚を決意した矢先、真実が姿を消してしまう。警察は相手にしてくれない。群馬県前橋(まえばし)市の真実の実家と連絡をとり真実が上京前にも婚活をしていたことを知った架は、その時の相手が犯人ではないかと疑い、男を捜し始めるのだった。

 調べるほどに見えてくるのは、架と真実の温度差。婚活アプリを使ってゲーム感覚でデートを重ね、結婚を決意せずにきた架。社会人になっても門限があるような家庭で“真面目(まじめ)でいい子”で育ち、三十歳を過ぎて親から離れるために上京して結婚相手を探していた真実。

 彼女が地元で世話になった結婚相談所の女性、小野里は、今時の結婚の障害となるのは「傲慢さ」と「善良さ」だという。モテるからこそ決断しない架の傲慢さと、親に従うあまり恋愛のチャンスを逃してきた真実の善良さという対比が浮かぶ。が、次第に、女子の行動の裏の心理に気づかない架の鈍感さ=善良さ、自分に自信がないからこそより理想高く相手を探していた真実の傲慢さも浮かび上がってくる。登場する他の人物たちにもこのふたつの要素が見え隠れし、現代人の複雑さと人間関係の難しさをあぶりだす著者の手さばきが見事。

 そうして醜(みにく)さも惨(みじ)めさも露呈し、真相が明らかになった後で彼らが下す決断は何か。お仕着せではないエンディングにしみじみと、考えさせられるものがあった。

 男女の難しさと面白さを堪能したのは井上荒野(いのうえあれの)『あちらにいる鬼』(朝日新聞出版 1600円+税)。著者の父親である作家・井上光晴とその妻、そして光晴と恋仲だった瀬戸内寂聴(せとうちじゃくちょう)をモデルとした小説だ。著者の両親はすでに故人だが、寂聴さんはご健在なのにモデルにして大丈夫なのか……と思ったら、帯の推薦文は寂聴さん。しかも大大大絶賛である。



 視点人物は作家の長内みはると、作家白木篤郎の妻、笙子。講演旅行で出会ったみはると篤郎はほどなく男女の仲となる。自由人で身勝手、しかしなぜか人を引きつける魅力の持ち主である白木は妻子がいながら恋にも奔放。妻の笙子はもちろん気づいているが、決して彼に文句は言わない。

 とにかく篤郎の言動には驚かされることが多いが、こんな男だからなのか、二人の女性が一人の男をめぐっていがみ合う……なんてことはまったくなく、どこか共感めいた感情が生まれていくのが面白い。また、実は笙子は小説を書いたことがあり、それを夫名義で発表もしている(著者インタビューでうかがったところ、どうも母の作品と思われる短篇がいくつかあるそうだ)。

 だが、夫の死後も笙子が小説を書くことはなかった。書かずにはいられなかったみはると、書くことをあえて遠ざけた笙子という対比が非常に興味深い。そして、愛し方も執筆との向き合い方も異なる二人の女性の長年にわたる心の変化を描いた物語として堪能した。