髙山祥子 shoko TAKAYAMA


 本書『すべての愛しい幽霊たち』は、イギリス在住の女性作家アリソン・マクラウドによる、12の作品を集めた短編集である。おさめられている短編は連作というわけではなく、それぞれが独立した作品で、いずれも知的で洗練された雰囲気の秀作ばかり。個性的なストーリーがパズルのピースのように組み合わさって、マクラウドならではの魅力的な作品世界を作りだしている。

 登場するのは生物学者デニス・ノーブル、アメリカの詩人シルヴィア・プラス、ダイアナ妃、ロシアの作家アントン・チェーホフ、イギリスの政治家トニー・ブレア、画家であり音楽家でもあったアンジェリカ・ガーネットといった、幅広い分野の著名人たち……そしてもちろん、世間に名前の知られていない市井(しせい)の人々だ。
 これらの人々をモチーフにして、マクラウドが豊かな想像力で紡(つむ)ぎ出した物語、つまりは登場人物の人生の一ページが、さりげない語り口で描かれている。

 この短編集においては、登場人物が著名であるか否かは、たぶんあまり意味のないことだ。著者のマクラウドにとってはどの人物も、社会的立場うんぬんの前に、わたしたちと同じ現実を生きている一人の生身の人間だ。マクラウドはその全員を、敬意をもって、平等に〝愛しい〟存在として扱っている。
 著名な作家や学者でも人生に悩み、不法入国者の少女や自爆テロに関わる青年だって恋をする。
電車の中で隣に座った人物にどんな事情があり、自宅にやってきた配管工にどんな過去があるかもわからない。ふらりと買い物に出た女性が、正義のためにだいそれた行動を取ることもあるだろう。

 そんな人々の身に起きる、さまざまなエピソード。ごく普通の日常生活を送りながら、それぞれの人種や宗教による価値観の違いに翻弄される人々の姿が描かれ、たくみに盛りこまれた比喩や引用がわたしたちの想像力をかきたててくれる。一見なにげないエピソードのようでも、そこここに小さなゆがみが生じるような仕掛けが用意されていて、わたしたちはいつのまにか、現実とは微妙にずれた物語の世界へ迷いこんでいる。

 収録作の中には、戦争やテロなど、実際に起きた深刻な事件にまつわる作品もある。世界的に取り沙汰されたような大事件であっても、マクラウドは日常生活に近い視線の高さで捉え、出来事そのものよりも、それに関わった人々に目を向けて、とても身近なものとして語りかけてくる。

 とはいえイギリスに住んでいるマクラウドとわたしたちでは、事件に対して感じる切実さがちがって当然だ。取り上げられている出来事が日本にいるわたしたちには遠く感じられ、事実として知ってはいても、社会的背景がピンと来ないということもあると思う。
 だがこれらの作品を楽しむのに、必ずしも予備知識が必要なわけではない。自然な文体で語られる物語を追いかけて、微妙に現実から逸脱するエピソードに驚いたり笑ったりしながら、自由に想像を広げてみたらどうだろう。シュルレアリスムの絵画を思わせるような、不思議で美しい情景が見えてくるはずだ。

 どの短編を読んでも、ちょっと切ない読後感を抱くのではないかと思う。今は腑(ふ)に落ちないことがあっても、いつか思いがけないときに心に残っていた物語のかけらがキラリと光り、あの人はこんな気持ちだったのかとか、あれはこんな意味だったんだと、すとんと納得することがあるかもしれない……そんな期待をさせてくれるような〝愛しい短編〟ばかりが、本書にはおさめられている。

 著者アリソン・マクラウドは、カナダのケベック州モントリオールに生まれ、ノヴァスコシア州ハリファクスで育った。一九八七年からイギリスに住み、カナダとイギリスの両方の市民権を持っている。
 これまでにThe Changeling(1996)、The Wave Theory of Angels(2005)、Unexploded(2013)という三冊の長編小説を発表していて、三作目のUnexploded は2013年のブッカー賞にノミネートされ、〈オブザーバー〉紙の〝ブックス・オブ・ザ・イヤー〟の一冊に選ばれた。BBCラジオ4で連続放送されたほか、映画化の話もあるという。

 また2007年には短編集Fifteen Modern Tales of Attraction を刊行した。彼女の短編作品はBBCのナショナル・ショートストーリー・アワードや〈サンデー・タイムズ〉EFGインターナショナル・ショートストーリー・アワードなどにノミネートされていて、BBCラジオでも頻繁に放送されている。
 2016年には、作家のウィリアム・アトキンスとともに、エクルズ大英図書館ライターズ・アワードを受賞した。これは英国図書館の北米、中南米およびカリブ諸国関連のコレクションの利用促進を目的としたもので、まさにカナダとイギリスを拠点とするマクラウドにふさわしい賞といえるのではないだろうか。

 本書『すべての愛しい幽霊たち』Fifteen Modern Tales of Attraction に続く第二短編集で、2017年に刊行された。2017年にはカナダ総督文学賞、2018年にはイギリスおよびアイルランドの優れた短編集に与えられるエッジ・ヒル・ショートストーリー・プライズの最終選考にも残り、〈ガーディアン〉紙が選ぶ〝ベスト・ブックス・オブ2017〟の一冊に挙げられた。
 マクラウドは〈サンデー・タイムズ〉、〈ガーディアン〉、〈オタワ・シチズン〉などに寄稿するいっぽうでフランク・オコナー国際短編賞など文学賞の選考委員を務めた経験もあり、短編小説に関する書籍の編集もしている。そのほかにも、文芸フェスティバルに参加したりBBCの番組に出演したりするなど、なかなか活動的な女性のようだ。イギリスのチチェスター大学の現代文学の教授でもあり、あちこちの組織で創作のためのワークショップを開いている。
 精力的な活動を続けるマクラウドの、今後の活躍に期待したい。

 最後になるが、本書の訳出には多くのかたのお力添えをいただいた。さまざまな形で助けてくださった皆さま、そして東京創元社編集部の皆さまに、この場を借りてお礼を申し上げたい。ありがとうございました。

(2019年2月)