まず翻訳から、G・K・チェスタトン『奇商クラブ【新訳版】』(南條竹則訳 創元推理文庫 740円+税)はチェスタトンの最初の短篇集の新訳版です。旧来の《世界推理小説全集》版にならった文庫版は巻末に表題連作以外の中篇が収められていましたが、これらは今回の新訳を機に割愛(かつあい)され、別の復刊の機会にまわることになったそうです。


 のちのブラウン神父シリーズや『詩人と狂人たち』と比べてしまうと、ミステリとしての趣向が凝らされているわけではありませんが、独特の奇想がはじめからあらわれているのは興味深いことです。奇妙な新商売で生計をたてるものが入会できる結社〈奇商クラブ〉をめぐり、不思議な事件がどう起こりどう解決するか――は巻頭の一篇の読みどころそのものなのであまり筋にふれられません。収録作では「チャド教授の目を惹く行動」が、できることなら映像で見てみたい傑作だと思います。なお本作の原書にはチェスタトン自身が挿絵を描いた版があり、わりあい入手も容易なのでおすすめします。

『芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚』(澤西祐典・柴田元幸編訳 岩波書店 2600円+税)は、芥川が旧制高等学校の学生向け副読本として英米の短篇と評論から編んだ、本文が英語のアンソロジー『The Modern Series of English Literature』(興文社・全八巻)収録作より選んだものです。既訳のある作もすべて新訳が収録されています。
 芥川が怪奇幻想小説の造詣(ぞうけい)が深いことはよく知られ、ミステリ読みにもおすすめしたい面白い作品が集まっています。ポーやA・ビアスなど芥川のエッセイでも言及されている作家はもちろん採られていて、編者の序文・跋文(ばつぶん)でふれられるように、芥川の創作にあたえた影響を読み解くこともできるでしょう。

 文豪の幻想小説の復刊が続いている《オリジナル復刻アンソロジー》企画の一冊として、ちょうど芥川龍之介『魔術 芥川龍之介幻想ミステリ傑作集』(長山靖生編 彩流社 2300円+税)が刊行されていますから、ぜひ併せて読んでみてください。芥川はのちに同じ興文社で日本の作品の副読本を企図した『近代日本文芸読本』の編纂(へんさん)を手がけることになりますが、この企画が心労の一因となったというのは巷間に知られるとおりです。

 国内のミステリでは、まず連城三紀彦『落日の門 連城三紀彦傑作集2』(松浦正人編 創元推理文庫 1600円+税)が注目の一冊で、連城の最後の短篇集までからまんべんなく採られた、一巻に引き続いての見事なショーケースになっています。同一短篇集から最大二篇しか採らないという一巻での宣言があっさりと覆されて、表題の連作短篇がまるまる収録されているのは楽しい。傑作の誉れ高き短篇集ながら、初刊以来文庫化されずにいたのでこれは嬉しいですね。


 収録作の中では、その連作の第二話「残菊」が秀逸です。連作の一篇としては意外な導入から、連作のテーマが明かされるまでの流れがすばらしい。もともとこの連作は一話と二話の発表時期が二年ほど空(あ)いていて、単独の短篇を連作に組み込んだのではないかという想像もできる作品なのですが、そうだとするとこの「残菊」はとても巧いつくりだと思います。

 陳舜臣(ちんしゅんしん)『方壺園(ほうこえん) ミステリ短篇傑作選』(日下三蔵編 ちくま文庫 920円+税)は陳のミステリのたいへん久しぶりの復刊で、表題短篇集に『紅蓮亭の狂女』から三篇が増補されています。

 表題短篇集は密室ものが集められ、陳の初期本格ミステリを語るうえでは欠かせません。代表作を選ぶならばトリックがわかりやすい「梨の花」でしょうが、表題作「方壺園」の見事な結末が一番の見どころだと個人的には思います。