直木賞受賞後の第一作となる島本理生の短篇集『あなたの愛人の名前は』(集英社 1500円+税)にも、心揺れるさまざまな男女が登場する。


 巻頭の「足跡」は、日常に倦(う)んだ主婦が、女性にあるサービスをしてくれる治療所の存在を知って訪ねていく。非常に官能的な一篇だが、結末は客観的な眼差(まなざ)しを感じさせ、読者をも冷静にさせて大人の味わい。同棲相手がいながら他の男と逢瀬を重ねる女性の視点から綴った「あなたは知らない」と、デートの相手の男の視点からの「俺だけが知らない」は、男女の違いがくっきりと浮かび上がるが、この浅野という男が、無意識のうちに自分が傷つくことを避けようとするタイプの男で、昨今よく耳にする“恋愛しない若者”の感覚ってこうなのだな、と納得させられるくらいリアリティがある。

 他の短篇では、産後にナーバスになる女性や、愛人を作った父親とそれに苦しんだ母親に対し複雑な思いを抱き続けてきた女性も登場する。切り口はさまざまだが、どれも女性たちが自分の不安や欲望、精神的な苦痛に向き合い、どこか気持ちに決着をつける方向へと進む内容になっていて気持ちがよい。長期にわたって書き溜めてきた短篇を集めたものなので、著者の文体や構成の変化が垣間見えるのも興味深い。

 構成のうまさに唸(うな)ったのは武田綾乃『その日、朱音は空を飛んだ』(幻冬舎 1500円+税)。朱音という少女が高校の校舎から飛び降り自殺した後日、同学年の生徒たち一人一人の心情が語られていく。


 動機は不明。周囲の少年少女たちはどこか冷めている。彼女が落ちるところを目撃した少年は自殺ではなく他殺ではないかと疑って調べ始め、クラスの地味なグループに所属する少女たちは表面的な同情を口にする。朱音と仲が良かったはずの優等生女子は平然と学校に通い、唯一、一番親しかった少女は学校に来なくなるが……。

 少しずつ、朱音が死ぬ直前にクラスメイトたちに手紙を書いていたことや、学校内のいびつな人間関係も明るみになる。彼女の死の真相が分かるラストにぞっとした。各章のタイトルが章の最後に表記され、その苦い文言もインパクトがある。非常にブラック。思春期の自殺を感傷的に描くのでなく、むしろ逆。でもだからこそ、自殺の抑止になるのではないかとさえ思えるダークな青春ミステリとなっている。

 岩城けいの『Matt』(集英社 1400円+税)は、オーストラリアに移り住んだ日本人家族の苦悩を描いた『Masato』の5年後の物語。主人公の少年、真人は名門校の10年生となり、苦労した英語もかなり習得、Mattと呼ばれ周囲に馴染んでいる。母と姉は日本に戻り、会社を辞めて独立した父親の事業はうまくいっていない様子。ある時、同じくMattを名乗る少年、マシューが転校してくるが、彼は真人につらくあたり、日本人を馬鹿にする。真人は自分が日本人であることを重荷に感じ始める。


 多様性を重んじ、さまざまな人種が共存する社会で生きる社会の在り方の難しさを、少年の感受性を通して生々しく突き付ける。今後の社会の変化のためにも、読んでおきたい一冊だ。