尾道市立美術館の話題。警備員さんと美術館に入りたい猫二匹の攻防のニュースは、猫好きならずともほっこりさせられる方が多いようで、ツイッターのフォロー数もけっこうな数にのぼります。数年前に同美術館を訪れた際には、実際に警備員さんと猫の姿を見て、感激した覚えがあります。
 さて、話変わって今作『京都東山 美術館と夜のアート』は京都の美術館が舞台です。主人公の神戸静河(かんべしずか)は、学芸員志望だったものの勤めることになったのは美術館の警備員。主人公以外にも元警官の上司や、太極拳の使い手の先輩など、一癖も二癖もある女子警備員の活躍をミステリ仕立てでお贈りします。ここでは、あとがきを紹介させていただきます。なぜ美術館を舞台にしたのか、その理由にも触れていますのでぜひ!




 あとがき

 美術館が舞台のミステリという企画を最初にいただいたのは拙著『本能寺遊戯(ゲーム)』文庫化の作業にひとくぎりついた時期だったから、2015年10月までさかのぼる。とはいっても、その頃は他の出版社での企画をいくつか抱え込んでいたので、ようやく着手できたのはそれから一年以上が経って、2016年11月に入ってからのことだった。
 この時、構想に当たってまず考えたのはせっかく美術館テーマの企画なのだから、筆者の地元にある京都市美術館(京都市左京区岡崎(おかざき)在)をモチーフにしてしまおうということだった。
 近年、平安神宮(へいあんじんぐう)を中心とする岡崎地域は大々的に再整備が進んでいる。京都会館は四年近い閉鎖期間を経て、三年前にロームシアター京都としてリニューアルオープンした。岡崎公園も京都市動物園も大きく改修されて、この十年の間に岡崎の景観はずいぶん変わったものである。京都府立図書館の入り口の前には観光案内所として市電コンシェルジュが設置されたし、平安神宮の西側には京都・時代祭館 十二十二(トニトニ)なる商業施設がオープンした。以前は同じ場所に何があったか、記憶を振り返っても思い出せない。時代祭館の南向かいに瀟洒(しようしや)な建物があり、最近訪れると本家西尾八ッ橋とぎをん為治郎が営業中だったが、以前には平安茶寮という和風カフェと観光土産物(みやげもの)の店舗が入っていたはずである。時代祭館のオープンで観光客を奪われたためだろうか。
 再整備の順番はとうとう京都市美術館にもまわってきて、本館は2017年4月をもっていったん休館(岡崎公園内の別館は現在も開館中)、工事費用をネーミングライツによって捻出したため、2019年度中に予定されている再オープン後は向こう50年の間「京都市京セラ美術館」という名前になってしまう。たとえ美術館自体は再オープンされても京都市美術館はこれでなくなった、というのが大方の京都人の偽らざる感慨なのではないだろうか。
 そんな時期に美術館モノを手がけるという機会にめぐり合わせたのだ。京都市在住の文筆家の端くれとして、ここは紙の上なりとも京都市美術館の在りし日の姿を記録しておかなくてはならない。これは地元の住人に課せられた義務であり、特権とはいえまいか。
 そして、在りし日の姿というのなら、本館の正面玄関の前から北側に進んだら美術教室と喫茶店アリーナが並んでいて、南側を振り仰いだら巨大な野外彫刻──「空(くう)にかける階段'88─Ⅱ」──が屹立(きつりつ)していなくてはならない。別館の前にはまだ池があり、「鳥を持った少年像」があった方がいい。となると京都会館も現在のロームシアター京都ではなくて、前川國男(まえかわくにお)設計の旧京都会館が現役のまま存在していることになる。「平和の女神像」はその入り口に立っている。
 本書は再整備前の岡崎を描いた物語ではない。美術館が必要になったから、筆者にとって最も馴染みがあった時期の京都市美術館(並びに旧京都会館)の風景を物語の中に持ち込んだのであり、現実にこのような場所はどこにも存在していない。だから、この物語の中では美術館の名称は明言されず、ただイチビと呼ばれている「地元の市立美術館」なのである。