一方、変化球で勝負するのは、ムア・ラファティ六つの航跡〈上下〉(茂木健訳 創元SF文庫 上下各980円+税)である。本書の特徴は、たとえて言えば『そして誰もいなくなった』の事件後に、死んだ本人たちが事件の謎を解く趣向にある。
 2500人が眠る恒星間移民船は、高性能AIと6人のクルーで運航されていた。しかし、突如、全クルーのクローンが目覚めさせられる。彼らの目の前には年老いた自分たちの死体が散乱していた。さらにAIは機能不全に陥っており、本来なら死んだ自分から引き継ぐ記憶も、出航直前から途絶えている。一体何が起きたのか?

 6人のクルーは、犯した罪を贖(あがな)うとの名目でクルーとして送り込まれている。つまり全員が犯罪者(のはず)。ここは明らかに『そして誰もいなくなった』を意識している。クルーたちは疑心暗鬼に駆られながら、一旦は協力して事態の解明と収拾に当たることとなる。

 SFミステリにおいては、SFならではの特殊設定が、通常のミステリとは異なる特徴、たとえば推理法や行動論理をもたらす。本書では、クローンおよびこれに対する心(作中ではマインドマップと呼称)の複製や改変がそれに該当する。有用だが悪用されると危険極まりないクローンとマインドマッピング技術に関して、倫理的な課題がクローズアップされる。

 この特殊設定は、犯人特定よりも、サスペンスの醸成に活用されている。クルーたちが、自分の自我や記憶すら当てにできない状況に陥るからだ。それでなくとも、クローズドサークルは登場人物に強い緊張を強(し)いるのに、これはキツイ。でも読者としては楽しい。伏線配置のワザもなかなかで、真相を指し示すのみならず、解決手段の伏線もハッキリ書かれているのには感心しました。

 本書では嬉しいことに、SFミステリにありがちな「ミステリとしては面白いがSFとしては小さくまとまった」感が微塵(みじん)もない。『そして誰もいなくなった』におけるU・N・オーエンに相当する人物の目的を暴く過程で、クローンが通常化した人類社会における大問題が明らかとなるからである。6人のクルーの前史も、時折断章のように挟まれて、船外に社会が大きく広がっていることを側面から明示している。

 最後に、ご機嫌なクライム・ノベル用心棒 (青木千鶴訳 ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1600円+税)を紹介しよう。本書は二流小説家で話題をさらったデイヴィッド・ゴードンの、新作である。
 解説の杉江松恋氏が指摘するとおり、主役のジョー・ブロディーのモデルは黒澤明の映画における三船敏郎だろう。日本映画好きのゴードンが、長身痩躯(そうく)でむさ苦しい風貌、飄々(ひょうひょう)としているが荒事に強く、頭も回るが欠点もある、という中年男性を作った。ならば、三船敏郎を連想しないのは無理だ。そのジョーが、勤務先のストリップ・クラブにFBIが突入して以降、とんでもない事件に巻き込まれていく。恋あり犯罪あり大小さまざまなイベントが目白押しで、ストーリーはスピーディーに展開、地の文は饒舌(じょうぜつ)で時に大いに笑える。アクション・シーンが鮮(あざ)やかなのもいい。

 だが本書最大の魅力は、登場人物だろう。みんなキャラが素晴らしく濃い。いい加減に作られた奴など誰一人おらず、類型的な人物はほぼゼロ。ジョー絡みであろうとなかろうと、エピソードも一々面白い。でも死ぬ時はあっさり死ぬ。この苛烈さこそ、上質のクライム・ノベルの証明だ。そんなこんなで、本書は、娯楽小説としてほぼ完璧。皆の衆、用心棒 はいいぞ。