自分なりの幸せを求める女性を応援する話なのが藤谷治『燃えよ、あんず』(小学館 1900円+税)。著者が以前経営していた下北沢(しもきたざわ)の書店〈フィクショネス〉が舞台で、登場人物たちにもモデルはいるものの、話の内容はフィクションだという。
 オサムが経営する書店の常連客の一人、久美ちゃんは若くして結婚するが、ほどなく夫を事故で亡くしてしまう。哀しみにくれるなか、義理の家族と親しくなっていた彼女は彼らと一緒に暮らすと言って奈良へ越してしまう。

 それから十数年。店にひょっこり久美ちゃんが顔を見せる。同じく常連客の由良と再会し、彼の紹介で職を見つけて東京に戻ってきたという。明るくて心優しく、しかし事務作業の苦手な久美ちゃんは仕事先で苦労するが、やがて一人の青年と出会う。ようやく再び幸せをつかむかに見えたが、大きな壁がたちはだかる。そこでオサムや妻の桃子、他の常連客たちは、久美ちゃんのために一肌脱ごうとするのだ。

 オサムの視点を主軸に、実はほの暗い感情を持つ由良の手記や、久美ちゃんの愛らしい恋物語、そこから起きる騒動など、語り口を変えながら豊かに物語は進む。一人の女性を幸せにするために、周囲が奮闘する愉快で心優しい物語だが、もっとも心つかまれるのは、最後の数十ページだ。誰かの人生の脇役にも、その人が主役である人生があり、人は自分の人生を生きながら、誰かの人生に関わっていく。当たり前のことだが、その事実に胸を突かれる。

燃えよ、あんずはひとつの小説の中にさまざまな物語が詰まった一冊だが、物語そのものの不思議さに触れるのは森見登美彦熱帯(文藝春秋 1700円+税)。ウェブ文芸誌〈matogrosso〉に連載され中断されていた壮大な物語が、ついに刊行となった。
 有楽町で叔父が営む鉄道模型店で働く女性、白石さんは、店の常連の青年、池内氏と言葉を交わすようになり、ある本の話を聞かされる。それは『熱帯』という小説で、かつて寝しなに途中まで読んで眠りについたところ、翌朝本が消えていたという。白石さんが自分も『熱帯』を読んだ記憶があると告げたところ、彼女は奇妙な読書会に誘われる。参加者はみな、この本を手にしたことがあるのだが、途中からのストーリーが思い出せないというのだ。

 多くは明かせないが、さまざまなモチーフをちりばめた、幻の本をめぐる話のなかに、本を読むこと、書くことのワンダーが詰まっている。これぞ読書の醍醐味(だいごみ)。

 最後に期待の新人の作品を。秋竹サラダ祭火小夜(まつりびさや)の後悔(KADOKAWA 1400円+税)は第25回日本ホラー小説大賞の大賞と読者賞のダブル受賞を果たした一冊。
 旧校舎で、一枚だけ色味の違う床板を見つけた教師の坂口。生徒、祭火小夜が言うには、床板をひっくり返す魔物がいるという。夜、一人で再び旧校舎へ行った坂口は、奇妙な音を耳にして……。

 怪奇現象に詳しい女子高生が、周囲で起きる不気味な事件を解決していく連作短編集。とにかくアイデアが素晴らしい。三話目の「しげとら」という怪異の名前の意味には思わず笑ってしまった。それだけではなく、最終話では祭火自身が自らの問題を解決するために魔物と対峙することになる。時にユーモラス、時にスリリング、そしてちゃんと怖がらせてくれる、極上の青春ホラーである。