エッセイ SFと絵
加藤直之

 SFの絵を描く仕事に就いて50年ほどが経ちました。若い時と違って、いちにちの中で絵にかけられる時間はどんどん短くなってきているし、すぐに自転車に乗って走りに行きたくなるし、ネットで配信される映画や海外ドラマは面白いものばかりで、好きな読書をする時間をつい削りがちですが、それでもまだ描きたいSFのイラストのネタはたくさんあります。SFは、文明の進化とともに新しい技術が発明されたり発見されたり、身近なものになってきたりして、挑戦するテーマには事欠きません。同じテーマばかりつづいて少し飽きたり疲れたりした時には、仕事場から帰宅する前の時間を使ってパソコンでその場でちょっと仕上げた簡単な絵をツイッターにアップロードしたりもします。それが次の絵の仕事につながることも。
 これがミステリや探偵小説、冒険小説だったら、コートを着た探偵の後ろ姿、高層ビルの夜景、拳銃やライフル、雪山、描けるものは限られてきて、よほど絵が上手くなければこの世界で生き残れなかったはず。まあ、少し前の時代なら、書店に平積みされている本のカバーだと女性の顔のアップが定番でした。女性の顔を描くのも見るのも飽きることはないから描く方は良いのですが読者には辛いかも(最近はストックフォトの女性の写真が多いですね)。
 我が家の近所の書店はみな潰れてしまって本の表紙はネットで見るくらい。たまに都心に出かけた時に書店の文庫の棚の前を歩けば、驚くほど様々なテーマ、絵柄、色、構図の、とても素晴らしいカバーイラストが目に入ってきますが、SFではなく、全てのジャンルで絵を描く仕事をしていたら、僕は今頃はそういった世界からはじき出されて、別の仕事をさがしていたかもしれません。
 SFのイラストを一生の仕事にしてよかった、と心底思います。
 僕の最初の仕事はアニメのメカ設定のお手伝い。「宇宙戦艦ヤマト」でした。松本零士さんの仕事を見よう見まねで参考にしながら自分のスキルを、とくにSFの舞台、背景となる「美術設定」のつくり方を学ぶことができました。仲間と始めた〈スタジオぬえ〉という会社で、同僚からはメカをデザインするテクニックを学ぶことができました。武部本一郎さんが絵を描いたバローズの火星や金星シリーズ、ターザンやコナンに憧れてSFの絵を仕事にしたいと考えた時は、甲冑を着たヒーローが異星で活躍する絵を描きたかったのに、異星の文明やロボットや宇宙戦艦を描けるようになってました。
 海外では、日本と違ってSFの画集がたくさん、それもどんどん発売されてましたから、参考にする教材はたくさんありましたが宇宙戦艦のデザインだけは日本のほうが上手かった。まあそれは「スター・ウォーズ」以降、アメリカやイギリスのSF映画に追い抜かれてしまうのですが。
 その筆頭が「サンダーバード」を作っていた会社です。「2001年宇宙の旅」で公開されたセンスやテクニックを熟成させて作った、人間の俳優が演技する実写のテレビドラマ「スペース1999」です。
 アメリカ人と違ってイギリス人は堅実で、いかにもすぐに実現しそうなメカのデザインがほんとうにうまい。その頃、僕はといえば、同じ方法論で「2001年宇宙の旅」に登場するメカに似せたメカをSFマガジンの表紙に〝絵の具で〟描いていたのですが、両者はそっくり同じ。しかしあちらさんはそれを映像化していて、テレビ画面の宇宙都市は僕の絵よりもはるかに見栄えが良く、悔しい思いをしました。
 それでも僕はめげることなく、せっせと新しいメカを描き続けていたのですが、それは新しい方向性を見つけたから。
 メカを、女性に、洋服のように着せるのです。
 コンピューターグラフィックスが当たり前になるまでは、映画で使うコスチュームは、じっさいに人に着せられるものでないとなりませんから(設計が大変)絵という手段でないと不可能な、そんな作品を発表し続けることができましたし、珍しいから評判にもなりました。必ずしも小説にはそんな登場人物が毎回出てくることはなかったので、単行本や文庫本の表紙には描く機会はやってこなかったけれど、幸い徳間書店の《SFアドベンチャー》の表紙という舞台を与えてもらってたくさん描きました。いい時代でした。
 海外でも同じアイデアで勝負するイラストレーターがいましたが、彼らは僕が仕事を始めたばかりの頃の発想と同じで甲冑のイメージから抜け出していなかったから、あまり脅威にも感じませんでしたし。海外のイラストレーターは人物モデルを使うことも多かったから、作れないものは描けなかったのでしょうか? 『宇宙の戦士』のパワードスーツのデザインは日本で生まれ、日本で進化しましたが海外でそれを描く人があんまり出てこなかったのと同じ理由かな。
 というわけで、僕が描くSFイラストのテーマのほとんどは、美女とメカと異世界で、今現在も僕が得意としているテーマ。
 さらに、〈スタジオぬえ〉で思いついて絵にした『宇宙の戦士』のパワードスーツは、ついにそのアイデアが現実になって、花開いていく真っ最中。映画のコスチュームも画像の中のコンピュータグラフィックスではなく、実際に人が着てそのまま動ける実物が実現しようとしている昨今、絵の具でなければ描けないようなテーマでもなくなってきているのかな? と少し違う方向を模索していたりもしています。
 アカデミックなテクニックを使わずに、印象を画面やキャンバスに定着させる。仕事の合間や帰宅前のちょっとした時間を使って、アイデアを、アイデアのままにツイートしたりしています。技術よりもテーマが大事な時代。
 たくさんSF小説を読んできた自分なら、まだまだこの世界でやっていける。それは〝SF〟だから可能なのですね。

(かとう・なおゆき)
SFイラストレーター。1952年生まれ。静岡県浜松市出身。
74年に〈SFマガジン〉でデビューし、以後一貫してSFとファンタジイのイラストを描きつづける。J・P・ホーガン作品の日本版イラストを全点担当するほか、R・A・ハインライン『宇宙の戦士』のパワードスーツや田中芳樹『銀河英雄伝説』の艦船のデザインで知られる。SFファンが選出する星雲賞アート部門を七回受賞。