エッセイ SFと音楽

吉田隆一

「SF音楽家」という肩書きで音楽&文筆活動をしている吉田隆一と申します。今回は、「SFと音楽」というテーマでお話しをしたいと思います。
 音楽が重要な役割を果たす、いわば「音楽SF小説」は数多くあります。個人的には、水見稜『マインド・イーター[完全版]』(創元SF文庫)が印象深いです。[完全版]となって初めて収録された「サック・フル・オブ・ドリームス」「夢の浅瀬」は共に「音」が重要な役割を果たします。特にジャズを扱った「サック・フル・オブ・ドリームス」は、SFならではの視点で、音楽という現象の本質に迫った小説です。
 SFでしか描けない音楽小説と言えば飛浩隆氏の作品が強力です。短編「デュオ」(『象られた力』ハヤカワ文庫JA収録)は、音楽の構造や、音楽に関わる人々の心理あってこその物語で、「音楽をテーマにしなければ成立しないSF」です。ピアノの構造と音響について描かれた部分にはハードSF的な魅力が感じられます。そして2018年に発表された長編『零號琴』(早川書房)は、音楽を物語の骨格とした「音楽ワイドスクリーン・バロック」とも呼べる傑作です。音楽にまつわる諸要素が奇想によりデフォルメされ、眩暈を感じるほどに強烈な音響のイメージを喚起させるSFです。
 創元SF短編賞の出身の宮内悠介氏、酉島伝法氏も音楽をテーマとした作品を発表しています。
 一方、SF小説をテーマとした音楽は、いわば「SF小説の音楽への翻訳」です。日本では(SF音楽家の大先輩である)難波弘之氏による1979年のアルバム『センス・オブ・ワンダー』がその白眉と言えましょう。
 近年では、ジャズ・テナーサックスのスタイルに革命をもたらしたマーク・ターナー氏が、アーシュラ・K・ル・グィン『天のろくろ』を題材にしたアルバム『Lathe of Heaven』を発表しています。YouTube にマーク氏による作品解説映像がupされていますので、興味のある方は是非。
 さらには作曲家・藤倉大氏によるオペラ『ソラリス』のようなSF+現代音楽+舞台芸術など、「翻訳」の実例を挙げていくとキリがないのですが……
 私にとっては、音楽という存在そのものがSFです。
 例えば管楽器……これは見方を変えれば「身体の外部に延長された内臓」です。そして「機能する管=生物」を模したロボットと見ることもできます。
 であれば管楽器奏者は「ロボットを身体に接続し、内臓を外部に拡張して歌うサイボーグ」ということになります。
 鍵盤楽器はどうでしょう。例えばピアノとは、合計20tもの弦の張力を支える化け物じみた鋳鉄と美麗に仕上げられた大量の木材によって形成された構造物です。パイプオルガンともなれば「建築物」のスケールです。なので鍵盤楽器は「巨大ロボット」のようにも思えます。それを鍵盤というインターフェースを通じて操る奏者はロボットのパイロットですね。
 例えば管楽器を含むジャズの四重奏団を想像してみてください。「人間+管楽器のサイボーグ」「巨大ロボット=ピアノ」「人類原始の音楽を受け継いだドラム」「欧州文化の中で磨きぬかれた巨大弦楽器=コントラバス」
 この四者が同じ空間と時間を共有しています。表面上は静かな音楽を奏でていても、四者は互いに力をあわせ、あるいはぶつかりあい、人類史レベルの文化の交錯に端を発した技術と理論を用いて、即興演奏という死闘を繰り広げているのです。
 ……どうでしょう。この構図はSFですよね。
 ここで、「ヘン」な着想に満ち溢れた「現代音楽」に目を向けてみましょう。
 例えばジョン・ケージ氏が1952年に発表した『4'33''』という曲は有名ですね。休符だけの三楽章で構成されるこの曲の思弁性は、シュルレアリスムとニューウェーヴSFに通じるものがあります。
 インパクトという意味において最強の楽曲は、カールハインツ・シュトックハウゼン氏による『ヘリコプター弦楽四重奏曲』(1993年)でしょう。
 楽器編成がヘンです。ヴァイオリン×2、ヴィオラ×1、チェロ×1、ヘリコプター×4……スタンダードな弦楽四重奏の編成にヘリコプター4機です。
 どのように「演奏」されるのでしょうか? まず四重奏の奏者がヘリコプターに分乗し飛翔します。そして会場の上空を旋回しながら各自指定された演奏をします。機内にはマイクがあり、楽器の音とヘリコプターの音が無線により地上に中継され、「会場」のスピーカーから再生されます。聴衆はそれを聴くのです。
 弦楽四重奏とヘリコプター。どちらも現代人であれば大抵の人が知る存在です。しかしその二つを組み合わせる奇想は……シュルレアリスムを言い表した有名な言葉を引用すれば「解剖台の上での、ミシンと雨傘との偶発的な出会い」とも呼ぶべきものです。
 なによりビジュアルが強烈です。そのため結果としてエンターテインメントとしての価値が派生しています。既知の概念を意外な形で結びつけ、思弁性とエンタメ性を生み出した『ヘリコプター弦楽四重奏曲』は、まさにSFなのです。
 ……というわけで様々な例を挙げてきましたが、最後に「全てが切り結ぶ地点」について。
 日本を代表する作曲家である武満徹氏は、若かりし頃ピアノを所有できず、鍵盤を描いた紙を持ち歩いていました。「のちにピアノは手に入れました。でも私の物言わぬ鍵盤からは、ずっと沢山の音が鳴り響いたように思います」(インタビュー「武満徹――私の紙ピアノ」より抜粋/『音楽の余白から』新潮社収録)
 この「聴こえない音を聴く」力こそ音楽の想像力=創造力です。
 SF小説からは「未聴の音楽」が聴こえてきます。それは先に挙げた音楽SFに限った話ではありません。SFの想像力=創造力は、読者の意識の中に音楽を響かせることができるのです。
 そして音楽家は、その創造力に負けてはならないのです。
「未聴の音楽」を凌駕する音楽を現出させる……これは想像力=創造力の勝負とも言い換えられるでしょう。
 これは永遠の闘いです。勝負の行方、見届けてください!
 

(よしだ・りゅういち)