高評価の長い長いリストを見ていて、私がよしよしと共感し、とりわけうれしく思ったのは、本作がamazonの「2014年・私たちの大好きな本(Books We Loved 2014)」の一作に選ばれていたことだ。原作を読むあいだ、登場人物たちと喜怒哀楽をともにした感のある私は、英語のこのLOVEという一語に大きくうなずいた。私もこの作品が大好きだから。

上の文章は、本書『償いの雪が降る』を翻訳された務台夏子先生による訳者あとがきから引用しました。この訳者あとがきの原稿をいただいて、最初にこの部分を読んだときに「私もこの作品が大好きだから」にめちゃくちゃ共感しました。そう、担当編集者であるわたしもこの作品が大好きなので。


『償いの雪が降る』は、弁護士として活躍していたアレン・エスケンスのデビュー・ミステリです。本国アメリカでは刊行直後から話題となり、さまざまな書評誌で取り上げられたりベストセラー・ランキングに入りました。そしてバリー賞ペーパーバック部門最優秀賞、レフトコースト・クライム・ローズバッド賞デビュー作部門最優秀賞、シルバー・フォルシオン賞デビュー作部門最優秀賞と3冠に輝き、エドガー賞、アンソニー賞、国際スリラー作家協会賞の各デビュー作部門で最終候補作となりました。

この作品は務台夏子先生が探し出して、翻訳したいと持ち込んでくださったものです。翻訳者さんが作品を持ち込んでくださることはたびたびありますが、日本での翻訳権が空いていないなどのさまざまな理由で、刊行へ至るのは決して簡単なことではありません。それでも「面白いミステリを翻訳して日本の読者に読んでもらいたい」と思ってくださる翻訳者さんのおかげで、この作品もみなさんにお届けできることになりました。

さて、そんな本書のあらすじは……。

授業で身近な年長者の伝記を書くことになった大学生のジョーは、訪れた介護施設で、末期がん患者のカールを紹介される。カールは三十数年前に少女暴行殺人で有罪となった男で、病気のため仮釈放され施設で最後の時を過ごしていた。カールは臨終の供述をしたいとインタビューに応じる。話を聴いてジョーは事件に疑問を抱き、真相を探り始めるが……。

本書の主人公ジョーは大学生。彼は大学の授業の課題で、30数年前の少女暴行殺人で有罪となったカールにインタビューすることになります。それが、ジョーの運命を大きく変えることになるとは知らずに……。

冒頭で「この作品が大好き」と書きましたが、それはひとえに物語の語り手であるジョーのキャラクター造形がすばらしいからです。務台先生は「まさに応援したい主人公ナンバー1」と書いてらっしゃいますが、ほんとうにその通り。決してスーパーヒーローではない、そこらへんにいそうな男子大学生で、とにかく応援したくなります。

わたしはジョーの、妙に行動力があるところが好きです。そもそも、大学の課題で必要だからって「殺人で有罪となって30年以上服役していた」人物にインタビューしたいと思います? いや、いくらでも他によさそうな人物はいるだろう……と突っ込みながら読んでいくと、彼の行動力や好奇心の強さ、どうにもならなければ創意工夫して、なんとか前に進んでいこうとする性格の理由がわかってきます。おまけに、ジョーの行動力や青年ならではの焦燥感が、このミステリの謎解き面での大きな原動力になっているのが素晴らしいんです。

そう、「大好き」なのはただ主人公がいいやつで、共感できて、人情味があるからだけではないんです。ミステリとして面白いからなのです。ジョーはカールの話を聞いたり、彼の過去や裁判記録を調べていくうちに事件に疑問を覚え、真相を探り始めます。解決したはずの事件に残る疑問点や、カールが抱える秘密、さらにジョー自身が持つ「罪の意識」など、気になって追いかけたい謎がたくさんあり、わくわくする謎解きが待ち受けています! さらに後半に入ると物語のスピード感がどんどん増して生き、ページをめくる手が止まらなくなります。無謀とも思える行動力で真相に近づこうとするジョーにはハラハラさせられますが、それすらも見事なサスペンスとなっているのがたまらない! いわゆるプロの捜査官が主人公のミステリではない、「素人探偵」ものならではの魅力だなと感じました。

とにかく面白いミステリとして、あらゆる人に推したい作品です。でもそれだけでなく、「謎を解くこと」がいったい何になるのか、「真相」を知ることで何が生まれるのか、ミステリを読んでそういうことを少しでも考えた経験がある方には、ぜひ手に取っていただきたいです。とても胸に響く文章や、心に沁みる場面がいくつもあります。ぜひお楽しみいただけますと幸いです。

(東京創元社S)