人と人ではないものの境目が今よりもっとあいまいだった江戸の頃。日本橋にある小さな船宿・若狭屋の女将のお涼のもとに訪れる、神様やあやかしたちとのやり取りをあたたかくも切なく描いた連作集です。
父親譲りの、人ではないものが見えてしまうタチのお涼。箱崎という人と荷が行き交い、川と汐が入りまじる場所のせいかもしれないが、昔から面倒事に巻き込まれがちだ。けれどさっぱりとして頼りになる気性の彼女は、「わかった、あたしがなんとかするよ」と厄介ごとを連れてくるお客やあやかしたちの面倒をつい見てしまうのだった……。
この作品が書かれた経緯や、裏話が満載の単行本刊行時のインタビューはこちらをご覧下さい。

折口真喜子『おっかなの晩』刊行記念インタビュー

そして続編の『月虹の夜市』が1月に発売されます。
舞台はやはり箱崎の「若狭屋」。今も箱崎ジャンクションは首都高速の要衝ですが、昔から交通の要だったのですね。
お涼は変わらず船宿を切り盛りしていますが、今作はお涼の父親である甚八の若い頃など“家族の物語”にフォーカスしています。お涼の不思議な力は父親譲りなわけですが、その父親もまた親から譲り受けていて、そこにもまた別の物語があるのです。
当たり前ですが、この時代の人たちは現代人よりも別れや死がずっと身近にあります。一度さよならをしたら次にいつ会えるか、元気かどうかもわからない。病や天災で大切な人が思ったよりもずっと早く亡くなってしまう。だから日常の節目節目に様々な行事が息づき、神さまに祈ったり感謝したりしているのですね。哀しみを乗り越え、今ある幸せに感謝する。折口作品を読むとたくましい江戸の人々の生き方に励まされます。