『監禁面接』に字数を割き過ぎた。慌てて次の作品、デニス・ルヘインの『あなたを愛してから』(加賀山卓朗訳 ハヤカワ・ミステリ 2000円+税)の紹介に移ろう。


 主人公レイチェルが愛する夫を撃ち、夫は愛していると言って海に落ち、沈む――このような衝撃的な場面で幕を開ける物語は、しかし当面、レイチェルという個人のそれまでの人生を静かに語り始める。曰(いわ)く、父を知らず、母の支配下で育てられた。母の死後に父を探し始めるが、思い描いていた父娘の感動的な再会はなされず、残酷な現実を見つけただけであった。結婚し、ジャーナリストとして大成を目指すも失敗し離婚。こういったことがルヘイン一流の感傷(過度にはべたつかない)と共に、流麗に語られていく。レイチェルという人間の宿命とままならぬ人生がそくそくと胸に迫る。しかし、ミステリっぽい展開をなかなか迎えない。冒頭のシーンにつながる気配もない。読者が、どうなることやらと思い始める辺りで、突如、ある重要人物の二重生活が明かされ、物語は一気に謎めいた空気感を湛(たた)え始めるのだった。そこから先は疾風怒濤(しっぷうどとう)である。

 というわけで、本書は前半と後半で全く違う話になる。しかしこれは必要な措置だったように思われる。主人公レイチェルは、前半生を丸ごと綿密に描かれることで、読者の心の中に人物像をしっかり結ぶ。だからこそ、彼女が事件に巻き込まれる後半で、読者がどっぷりと没入可能なのだ。これは、前半があるとないとでは大違いになったはずである。この構成は、一見回り道ながら、巨匠の高度な技だと思う。


 エリザベス・ウェイン『ローズ・アンダーファイア』(吉澤康子訳 創元推理文庫 1360円+税)は、『コードネーム・ヴェリティ』の姉妹編である。前作はナチスに捕まった女性スパイの物語だったが、今回は、ナチスに捕まり強制収容所送りにされた女性飛行士の物語だ。収容所で出会った仲間たちと収容所を脱走するのが目的であり、各人物の性格や関係性がくっきりと描き出されていく。日記や手紙を駆使して、物語の構成面に工夫を凝らしているのは前作と通じる。世界大戦という過酷な現実と向き合うのが、10代20代の若い女性たちであり、節々のせりふ回しがいかにも「女の子」っぽいのが、かえって状況の過酷さを強調する。これらは全て、前作と共通する特徴である。前作が気に入った人は、今作も是非読んでほしい。