小説を書くプロセスを、こんなふうにワクワクさせる物語で読ませてくれるとは。久保寺健彦7年ぶりの新刊『青少年のための小説入門』(集英社 1,650円+税)のことである。


 時は80年代。中学受験に失敗し、優等生ながら劣等感のある一真(かずま)は、不良たちにいじめられている。ある日そこを助けてくれたのが、ヤンキー青年の登さん。彼は一真に、小説の朗読を頼んでくる。じつは登さんはディスレクシアで、読み書きが不得手なのだ。逆らえない一真は図書館で名作を探してきては本を読んできかせる。と、ある時登さんは、古典名作を換骨奪胎(かんこつだったい)して現代におきかえた物語をすらすらと作ってみせる。ディスレクシアなだけに、文章を丸暗記し、空想を働かせてきた彼には、それだけ物語の構築力が備わっていたというわけだ。

だが、いざ小説を書くとなっても、今度はまだ少年の一真に文章力が足りない。そこで彼らは一風変わったトレーニング法で表現力を磨(みが)き、さらに朗読をすすめて「面白い小説とは何か」の研究を進める。不登校の読書好き少女という、忌憚(きたん)ない意見を寄せる協力者も得て、彼らは自分たちのオリジナルの作品を作り出そうと切磋琢磨(せっさたくま)を続けていく。

 一真たちが朗読するのは、一作だけ除いてすべて実在の小説。筒井康隆、サリンジャー、ボリス・ヴィアン、柴田翔……。時には引用も挿入されるが、それだけでもこうした先行作品の魅力も堪能でき、まさに絶好の読書指南書の役割も果たしてくれている。また、実際の創作活動においては、失敗例のパターンも完成作品のあらすじもきちんと描きこまれ、なんだか小説家志望の読者には参考になりそう。

 話のはじまりが80年代なのは、その後の長い時間も描かれるから。バブル期の出版界の雰囲気や、多少はデフォルメされた、でも実際にいそうな編集者も登場し、小説の意義とは一体何かという大きなテーマも見えてくる。もちろん、年齢も性格もまったく違う男二人の、友情とはまたちょっと違う、小説愛で結びついた絆の話としても読ませる。読み終えた時に、ああ、やっぱり自分は小説が好きだと思わせてくれる。

 力作なのは深緑野分の『ベルリンは晴れているか』(筑摩書房 1,900円+税)。『戦場のコックたち』で第二次世界大戦時のヨーロッパを舞台にした、日常の謎ミステリを描き切った著者が、果敢に挑んた長篇だ。


 1945年、ナチス・ドイツが敗れ、ベルリンの街はソ連と英米仏の四か国の統治下におかれる。家族を亡くし、米軍の食堂で職を得た17歳のドイツ人少女、アウグステは、かつて自分を匿(かくま)ってくれた恩人である老人が不審な死を遂げたと聞かされ、現在所在が分からない彼の甥(おい)にそのことを告げに旅に出る。道連れはひょんなことから知り合った陽気な泥棒。その珍道中を主軸に、アウグステの来し方、つまり彼女がどのような両親のもとに育ち、戦時中に何が起き、どうして天涯孤独となったのかが明かされていく。

 老人の不審死という謎でもけん引するが、読みどころは彼女が赴(おもむ)く先でのさまざまな人々との出会いだ。戦争孤児の窃盗(せっとう)集団もいれば、各国の軍人たちも個性が異なる。また、過去のパートでは、戦時下に過酷な目にあった人々それぞれの運命も描かれる。つまり本作は、あの時代、ベルリンにどんな人たちがいて、どんな運命に翻弄(ほんろう)されたかを、そして当時のベルリンの姿を、濃密に刻み込んだ一作なのである。『戦場のコックたち』と同じく、戦争という舞台をミステリの手段として使用するだけでなく、そこで一体何があったのかを、忘れられないように真摯(しんし)に物語のなかに溶かし込もうとする気概が感じられ、圧倒される。

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■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。本の話WEB「作家と90分」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著者に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)、『あの人とあの本の話』(小学館)がある。