舞台の始まり、秘密の終わり
息子の書いた戯曲には、17年前の“事故”の真実が!?
『七人のおば』『四人の女』のマガー、円熟期の傑作ミステリ




パット・マガー『不条理な殺人』は、東京創元社では『目撃者を捜せ!』以来、じつに30年ぶりとなるマガー作品の翻訳です。一作ごとに「被害者捜し」「探偵捜し」「被害者と犯人捜し」など、さまざまな趣向を凝らした長編を発表してきたマガー、さて今回の趣向は……?

人気俳優マーク・ケンダルは義理の息子ケニー・ピアソンが書いた不条理劇の題名を知り動揺する。それは17年前、ケニーの実父レックス・ピアソンが死んだ“事故”を暗示しているようだった。当時4歳だった継息子が何かを知っている? マークはケニーの実母で女優の妻サヴァンナ・ドレイクの反対を押し切って劇への出演を決め、息子とともに舞台を作ることで真意を探ろうとする。過去の事件と舞台の上演が、彼らにもたらす結末とは?

……とまあ、内容紹介にもありますとおり、代表作とされる『七人のおば』北村薫先生の解説は必読!)や『四人の女』深緑野分先生の新解説がついた、新装版が好評発売中!)のような、わかりやすくインパクトのある「謎」の設定はありません。しかし、読めば一目瞭然、本書はマガーの長所が遺憾なく発揮された、まぎれもない円熟期の傑作なのです。

先に触れた『七人のおば』の解説で北村薫先生が「マガーらしさ」の特徴としてあげる「過去回想の語り」は本書でも健在で、第二章で語られる17年前の“事故”をめぐる謎めいた状況は、その真相を知っているらしき主人公マークの言動を介して、現在進行形の事態に影響を与えていくとともに、折に触れ読者の注意を引いていきます。その筆致の見事さには、ギミックなしでも先が気になることうけあいです。

そして『七人のおば』『四人の女』をお読みのかたならご承知のとおり、小説家パット・マガー最大の美点といえる人物描写の腕前はますます冴えわたっています。マークやケニーなど主要登場人物はもちろん、劇団関係者の端役にいたるまで、鮮やかに描きわけられており、演劇ミステリであることになぞらえていうなら、いずれも印象に残る「名役者たち」ぞろいなのです。なかでも後半において重要な役割を果たす「ある人物」は、物語が終わったあともきっと忘れられない存在になることでしょう。

ミステリを知りつくした小説巧者が、あえて奇をてらわず書きあげた傑作。
本書をひと言で形容すればそうなります。ぜひ、ご堪能ください。

パット・マガー『不条理な殺人』は11月12日刊行です。