見事。そう心から思わせる、当代随一のホラーミステリ作家の本領が存分に発揮された作品である。三津田信三『碆霊(はえだま)の如き祀(まつ)るもの』(原書房 1,900円+税)は、「放浪の怪異譚蒐集(しゅうしゅう)家にして探偵作家」である刀城言耶(とうじょうげんや)が登場するシリーズとしては、6年ぶりとなる書き下ろし長編だ。


新興出版社の若手編集者である大垣秀継(おおがきひでつぐ)から故郷に伝わる4つの怪談「海原の首」(江戸時代)、「物見の幻」(明治)、「竹林の魔」(昭和・戦前)、「蛇道の怪」(昭和・戦後)を聞かされたことがきっかけで、言耶は断崖に閉ざされた海辺の村――犢幽(とくゆう)村を訪れる。そこは古くから「碆霊様」なるものをひとびとが祀っている村で、なにやら“異端の民俗学者”及位廉也(のぞきれんや)も調査を進めているらしい。秀継の案内で笹女(ささめ)神社に向かった言耶だったが、そこでまたしても不可解な死に遭遇する。生い茂る竹のなかで餓死していたのは、あの及位廉也で、そのいたましい姿はまるで、四つの怪談のひとつ「竹林の魔」を模したかのようであった。

こうして言耶は怪談にまつわる殺人事件を手掛けることになるわけだが、犢幽村だけでなく、そこから派生した四つの村も含めた忌(い)まわしい秘密にも迫っていくことになる。改めてこのシリーズの本格ミステリとしての水準の高さについては声高に述べるまでもないが、ひとつひとつ検証しながら切っていった持ち札がすべてなくなってから、いよいよ真の犯人探しが始まる展開は、やはり他の作品にはない迫力がある。終盤で列挙される70もの謎のなかから真相を引き出してみせる謎解きも圧巻で、とくに本作のホワイダニットとしての衝撃は強烈。ただただ言葉を失い、ページを凝視するしかないほどだ。

また、シリーズの恒例として、今回も解かれない怪異が最後に残されるが、禍々(まがまが)しさのスケールと息を呑むヴィジュアルのインパクトは歴代屈指。ホラーファンは、このラストシーンを目撃するためだけでも、本作を手に取る価値がある。今年上半期、なにをおいても読むべき本格ミステリのベストと断言する。

大阪文楽劇場の研修室で見つかった謎のノート。そこには、母に毒を飲まされ、そのせいで顔が崩れてしまった哀れな子が見た、黒い着物に頭巾(ずきん)姿の奇妙な母親の姿、そして父親の生首が突然宙に浮かび上がり、闇に溶けるがごとく消えてしまったという怪異が記されていた。まるで『摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)』の玉手御前(たまてごぜん)を想起させるこの不気味な内容は、創作なのか、それとも……。

第9回島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞準優秀作、稲羽白菟(いなばはくと)『合邦(がっぽう)の密室』(原書房 1800円+税)は、この正体不明のノートを発端に、文楽界の数少ないタブーとされる44年前に巡業先の島で起きた名人ふたりの死に絡んだ謎を、三味線(しゃみせん)奏者の冨澤弦二郎と、その友人で劇評家兼ライターである海神惣右介(わだつみそうすけ)が追い掛けることになる長編作品だ。


文楽を題材にした珍しさも目を惹(ひ)くが、前述のノートと名人ふたりの死以外にも、上演中に持ち場を捨てて姿を消してしまう人形遣い、人形の姿をした人形師、密室状態の舞台裏にいた職員が岩場で転落死体となって発見されるなど、多彩な謎が盛り込まれ、第9回に限らず、歴代のなかでもとくに本格ミステリ度の高い内容になっている。

なかでも魅力的なのが、44年前の公演で三味線がひとり欠けた形で披露された『七化け』において、一番下座の暗闇から何者かによる驚くほど達者な三味線の音が聞こえてくる謎で、この状況がふたたび現代に甦(よみがえ)るクライマックスには高揚を覚えてしまった。また、時代、流行、戦争によって翻弄(ほんろう)され、受難の連続だった文楽の歴史と、ある家族に不幸にも降り掛かってしまった悲劇が重なる構成も素晴らしい。読者は“毒”の真相が明らかにされたとき、本作が極めて島田荘司作品の影響下にあり、なぜこの新人賞に投じられたのかを大いに理解することだろう。

ところで、本作のタイトルにある“密室”の真意はなかなかに斬新で、なるほどこうした捉え方、描き方もあるものかといたく感心させられたことをつけ加えておきたい。 

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■宇田川拓也(うたがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。和光大学卒。ときわ書房本店、文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。