斜陽の領主一家を悲劇は静かに襲う
たくらみに満ちたウォーターズの最新傑作


 『半身』『荊の城』『夜愁』と、一作ごとに趣向を凝らした大作を発表してきたサラ・ウォーターズの最新刊『エアーズ家の没落』は、第二次世界大戦後を舞台にした、著者ならではのたくらみに満ちた傑作です。

 読む者によってその姿を巧みに変える、さながら万華鏡のような小説である本書は、いちがいにどういうタイプの作品である――と断じてしまうことはできないのですが、エアーズ家の人々と、彼らが住まう〈ハンドレッズ領主館〉が物語の中心に据えられた、堂々たる館もの小説であることは間違いありません。
 1733年に建てられたハンドレッズ領主館は、増改築を何度か試みながらも、基本的には建築当時のままの偉容を、物語開始時点の1947年まで保ってきました。一方で、館とともにリドコート村一帯に君臨してきたエアーズ家は、前当主の死後一気に没落していき、昔日の栄光は見る影もありません。

 しかし、在りし日の一家の権勢をいまも記憶にとどめ、館への憧れを抱きつづけたまま大人になった人物がいました。それが本書の語り手となる、村の医師ファラデーです。少年の日、一度だけ目撃した館内の様子をいまなお鮮明に覚えている彼が、ある日ふとした成り行きから館への往診を頼まれ、二十数年ぶりに館へと足を踏み入れるところから、本書は幕を開けます――

 そこから始まる、エアーズ家の人々との交流、そして、次々に館で起きる“異変”の数々。ある箇所ではじっくりと筆を費やし、またある箇所では叩きつけるような文章をつむぐ、ウォーターズの筆致が、物語をひときわ忘れがたいものにしています。ただ物語の流れに身を任せても、至福の読書体験が得られる作品ですが、そこはウォーターズのこと、描写のはしばしに、なんらかの仕掛けがひそんでいる……かもしれません。あえて、身がまえて読むのも一興といえます。
 読者のあなたが、読み終えたときにどんな感想を抱くか、とても楽しみです。

 読者の数だけの豊かな読みを保証する傑作、サラ・ウォーターズ『エアーズ家の没落』は、9月18日発売予定です。

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 かつて隆盛を極めながらも、第二次世界大戦終了後まもない今日では多くのものを失い、広壮なハンドレッズ領主館に閉じこもって暮らすエアーズ家の人々。かねてから彼らと屋敷に憧憬を抱いていたファラデー医師は、往診をきっかけに知遇を得、次第に親交を深めていく。
 その一方、続発する小さな“異変”が、館を不穏な空気で満たしていき、人々の心に不安を植えつけていく……。
 たくらみに満ちた、ウォーターズ文学の最新傑作登場。

(2010年9月7日)

 

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