夏の日に天使は還る――
“あの日”何が起きたのか? 心に傷を負ったものたちが織りなす
狂おしいまでの愛の物語
(10年9月刊 キャロル・オコンネル『愛おしい骨』解説)

川出正樹 masaki KAWADE

 

 「町とは家族のようなものだ」
    スティーヴン・ドビンズ『死せる少女たちの家』

 「愛と憎しみとは、あまりに近い関係にあるので、時と場合によっては区別さえつかなかったりする」
         オットー・ペンズラー編『愛の殺人』


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 キャロル・オコンネルが還ってきた!
 誘拐された少女と心に傷を持つ刑事を主人公とした超絶技巧のサスペンスであると同時に、愛と救済と贖罪(しょくざい)の物語でもある奇蹟のような傑作『クリスマスに少女は還る』(1998)から早十一年。
 長かった。待ち遠しかった。正直、もう二度と彼女のノン・シリーズ作品は読めないんじゃないかと諦(あきら)めかけていた。そんな折、十年ぶりのシリーズ外作品となるBone by Bone(2008)を発表したというニュースに巡り会う。思わぬ吉報に心が躍った。けれども、オコンネルの代名詞とも言える《キャシー・マロリー・シリーズ》の翻訳すら、2005年の第五作『魔術師の夜』(1999)を最後にストップしていることを考えると、これを日本語で読むことはかなわないだろうな、と勝手に悲観してしまっていた。
 だが、それは杞憂(きゆう)に過ぎなかった。最新作『愛おしい骨』をひっさげて、キャロル・オコンネルは日本の読者の前に還ってきた! しかも、一段と巧(うま)くなって。
 独創的なキャラクター、精緻(せいち)にして複雑なプロット、興味を掻き立ててやまない語り口、幻想感を漂わせながらうねり脈打つ文章。これらすべてに磨きをかけて、オコンネル作品全般に共通するテーマ――「人は愛する者のために、どれだけのことができるのか」――を核に生み出された本書『愛おしい骨』は、現時点でのオコンネルの集大成であるとともに、現代ミステリの大いなる収穫であり、さらに言えば読む者の心の琴線(きんせん)に触れる〈狂おしいまでの愛の物語〉でもある。
 自信を持って断言しよう。およそ〈物語〉が好きな人であるならば、この本を読まないという選択肢はない。ミステリに興味がないとか、翻訳小説が苦手だとか、そんな些細(ささい)なことは関係ない。この小説の懐は、とてもとても深いのだ。


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 では一体、どんな話なのかというと――

 舞台はカリフォルニア州北西部に位置する、広大な森に隣接した小さな町コヴェントリー。そこは、半径三十キロ以内に携帯電話の中継塔がひとつもなく、時間と距離が、“カラスが飛ぶように”ではなく、“カタツムリに翼があったなら”という言い回しで計られ、表されるような、ゆったりとした時が流れるスモールタウンだ。これまでに多くのよそ者たちが人生をやり直すために、あるいは追跡を逃れてゆっくり休むために、この“安全な我が家(セーフ・ハウス)”のような場所に引き寄せられ、骨を埋めてきた。
 物語は、主人公のオーレン・ホッブズが、深い痛みと夜の恐怖と人生最良の時を与えてくれたこの故郷の家に、二十年ぶりに帰還する場面で幕を開ける。幼い頃に死んだ母の代わりにオーレンと弟ジョシュアを育ててくれた家政婦ハンナ・ライス。彼女に乞われて還ってきたオーレンを迎えてくれたのは、当のハンナと元判事である父ヘンリー、まるで時が止まったかのように“あの日”と同じ状態に保たれた我が家、そしてジョシュアの“骨”だった。
 二十年前の夏、当時十七歳だったオーレンは三つ年下の弟ジョシュアとともに森に行った。けれどもその夜帰宅したのはオーレン一人だけ。ジョシュアは“あの日”を最後に姿を消してしまったのだ。
 その弟が、いまになってうちに帰りだしている。骨になって、ひとつずつ。一体誰が何の目的で何ヶ月間にもわたって、深夜、玄関ポーチにジョシュアの遺骨を置き続けるのか?
 だが問題はそれだけではなかった。陸軍の優秀な犯罪捜査官として、合衆国内はもとより世界中の紛争地域で数多くの遺体を目にしてきたオーレンは、この“贈り物”の中にジョシュア以外の骨が混じっていることに気づく。
 さらに遺骨に残された痕跡から長い間どこかに埋められていたと判断した彼は、保安官事務所に通報。すると、失踪当時から事件の裏に何かが隠されているに違いない、と疑い続けてきたケイブル・バビット保安官は、事件当日のオーレンのアリバイが不自然だったことをちらつかせ、凄腕(すごうで)の捜査官だった彼に非公式に捜査に協力するよう要請してきた。
 けれどもオーレンの方が役者が一枚上だった。保安官の言動から、彼が公に出来ない何かを隠していることを見抜いたオーレンは、逆に主導権を握り弟の死の真相を探り始める。それは、とりもなおさず町の人々の心の内に分け入り、その秘めたる想いを明らかにしていくことに他ならなかった。二十年の歳月を経て、今、止まっていた時計は再び時を刻み始める。


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