もともと、このころの小説は圧倒的に一人称が多いというのが、私の印象です。三人称小説の起源を、私は知りませんが、そもそも、たとえばデフォーの『ロビンソン・クルーソー』は、まがいものの手記として登場したわけですから、当然のように明確な書き手(語り手)がいなければなりませんでした。怪談に伝聞を語るという形式が多いのも事実ですし、三人称に見えて、仔細に見ると表面に出てこない語り手がいるという場合もあります。
 さかのぼって、ポオの小説の大半は一人称で、例外は「赤死病の仮面」その他、ひとにぎりです。ディケンズは本来長編作家ですが、それにしても、岩波文庫の『ディケンズ短篇集』収録作の前半は長編小説中の1エピソードばかりで、編中に埋め込まれた、登場人物による〈長いお話〉です。収録作はすべて一人称の小説でした。解説の小池滋は「短篇小説はまだ独立した文学形式としての市民権を与えられていなかった」と書いています。確かに、20世紀に入ってからも、たとえば、マンスフィールドは、短編を書くのに、まずチェーホフをお手本にしていたわけです。
 フランスはちょっと事情が異なるかもしれませんが、このころの英語の小説は、誰が書いている(語っている)のかに、神経質なように見えます。『新アラビア夜話』に戻ると、アラビア人と西洋人の二重になった、どこの誰とも分からない人間の語りというのは、結果的に三人称小説に近づくことになりました。むしろ、こういう手続きを経なければ、三人称的な語り口を十全に用いることができなかったのではないかとさえ、邪推したくなります。そして、1話終るたびにやって来るつけ足しの部分で、ようやく読者は語り手の存在を思い出すのです。
 『新アラビア夜話』は1878年に雑誌掲載されて、1882年に出版されました。スティーヴンスンの初期の作品です。『新アラビア夜話』は2巻本の1巻目にあたり、2巻目もやはり短編集で『臨海楼奇譚』の名で邦訳があります。後者を私は未読ですが、アラビア人の著者という設定はなくしているそうです。それで、最初の1巻だけで『新アラビア夜話』にしてしまうという考えが、現在の主流のようです。当時のイギリスは3巻本の全盛時代で、2巻本というのは珍しいようです。ただし、後述するように、巻数を増やすこと自体が、19世紀の後半には、商業的な要請から無理にでも行われることがあり、文学的に不要不自然な例も、多かったようです。このころ、ディケンズは(そしてサッカレーも)、週刊の分冊という形で、長編を発表していました。のちにスティーヴン・キングが模して、日本でも話題になりましたが、これは例外的なことだったようです。この点は、次回、新聞・雑誌の時代とのからみで、再度触れます。
 15年ほど前に出た清水一嘉『イギリスの貸本文化』は、貸本というイギリスに根づいた制度の研究をとりまとめてくれていて、興味深いものですが、とりわけ、19世紀後半のイギリスには、ミューディという強力な貸本屋が権勢をふるっていて、このくだりは面白くも参考になります。なにしろ、いまの日本でいうと、トーハンと日販と紀伊國屋書店とジュンク堂とブックファーストとAMAZONがひとつになったような巨大貸本屋が存在して、発行部数の大半を買い上げてしまう。最盛期には、ミューディの買い上げる部数によって、刷り部数が決まるのです。3巻本の隆盛というのは、貸本屋の意向が強かったことが指摘されていて、3巻本は「『商売用』に作られた人為的なもの」とまで言っています。巻数を増やすと同時に複数のお客さんに貸せるので、貸本屋は喜んだということです。「ミューディは一巻本にほとんど興味を示さなかった。たとえ買い入れても、リストにも広告にも載せなかったし、ときには客に貸すことさえしなかった」のです。セレクトと呼ばれるミューディが取り扱うかどうかの判断が、検閲と同じ効力を持ったといいますから、その影響力の大きさが分かるというものです。いつの世でも、流通を制することが、ひとつの権力たりうることを、覚えておいて損はないでしょう。
 ついでに書いておくと、海を渡ってフランスでの出版事情は、やや異なっていて、すでに19世紀の前半に、バルザックが読書クラブ(貸本屋に類似したもの)と出版流通相手に戦いを挑み、後半には、フロベールが自作を印税にするべきか買取りにするべきかで悩みます。そのあたりのことは、宮下志朗『書物史のために』で勉強しました。イギリスとの国民性の相異も感じますが、なによりフランス語圏である外国の存在(この場合はベルギー)が、海賊版出版という状況をつけ加えているのが、大きな差となっているようです。

 『新アラビア夜話』に話を戻すと、この短編集は、さまざまなミステリとしての美点を持ちながら(「クリームタルトを持った若者の話」は、のちのデイヴィッド・イーリイ「ヨット・クラブ」 にまで連なる、奇妙なクラブの先駆)、ディテクションの小説ではありませんでした。こういう結論になることは、さして珍しいことではなくて、バルザックの『暗黒事件』(ポオの「モルグ街の殺人」とほぼ同時に世に出た作品なんですよ)なんかもそうでした。『世界短編傑作集』「クリームタルトを持った若者の話」が採られなかったのが、そのせいかどうかは分かりません。ただ、こういう小説はすでに書かれていたし、のちの短編ミステリの中に同種の美点を見出しうるということは、記憶にとどめておきましょう。

 前回、ジャック・フットレルの「十三号独房の問題」を、ハウダニットのヴァリエイションと書きましたが、そのことについて、補足が必要だと感じました。というのは、類似したパターン、テイストの小説として、犯罪者を主人公にしたもの、たとえばロイ・ヴィカーズのフィデリティ・ダヴものといったあたりを、頭に置いておきたいと考えたからです。あるいは、犯罪者でなくても、後年のテレビシリーズの「スパイ大作戦」などは、似たような魅力、同じパターンと言っていいかもしれません。
 『クイーンの定員』では、ドイルの時代に、多くの犯罪者や悪党を主人公にした短編集が選ばれています。Who done it とHow done it というのは、必ずしも、時間的に連続した流れで、登場したわけではありません。読者に驚きを与えるためのヴァリエイションとして、アメーバのように、様々な方向に広がっていったというのが、正しいように思うのです。その結果として、ロイ・ヴィカーズが盗賊ものと倒叙もので名を残したというのは、このふたつに、発想において類似した何かがあったからでしょう。そして、それをハウダニットと呼ぶことで、ひとつの概念が明確になるのです。
 倒叙ものの話題になったついでに、基本的なことを確認しておきましょう。フランシス・アイルズの『殺意』を倒叙と呼ぶかどうかです。私は、『殺意』は倒叙ものではなく、クライムストーリイだと考えていますが、ご承知のとおり、従来、倒叙ものと分類されています。ただ、これは以前から異論を含んだ分類であったようです。森英俊さんのように、倒叙と呼ぶのは誤りと明快に主張する人もいます(『世界ミステリ作家事典[本格派篇]』)。
 『殺意』を倒叙としないのは、探偵役がその役目を果たしていないためです。逆に言うと、後半、探偵役が解決することを、必須の要件と考えているということです。ただし、成功面と失敗面とはいえ、ひとつの犯行のからくりを二度くり返して見せることが、単調になりがちなのは事実で、実戦では苦慮するところです。かつて、一度だけ倒叙もののノヴェライゼイションを作ったことがありますが、そのときに作家の出したプランが、〈終始、犯人の側から描く〉というもので、これには膝を叩きました。従来の常識は、犯人側から犯行を描き、次に探偵側から解明を描くというものでした。出来上がった本は、幸い好評でしたが、この点まで突っ込んで指摘した人がいなかったのは、ちょっと寂しく思いました。ちなみに、それをさらに一歩進めて、犯人の一人称で、各話語り手が変わるという方法も魅力的です。いろんな試みや含みが持たせられそうですからね。ただし、もう、私はやる気がありませんから、このアイデアはオープンリソースということにして、面白いと思った方は、どなたでもお使いください。


小森収(こもり・おさむ)
1958年福岡県生まれ。大阪大学人間科学部卒業。編集者、評論家、小説家。著書に 『はじめて話すけど…』 『終の棲家は海に臨んで』『小劇場が燃えていた』、編書に『ミステリよりおもしろいベスト・ミステリ論18』 『都筑道夫 ポケミス全解説』等がある。