マージェリー・アリンガムは、この4人のうち、唯一『世界傑作短編集』の第3巻に「ボーダー・ライン事件」が採られています。書き出しの雰囲気から良くて(しかも伏線になっている)、シンプルな解決が、人間の一面をすっぱり切り取っていて、こんなにアッサリした話が、なぜ、これほど味わい深いのかと、再読して改めて評価を上げました。
「ボーダー・ライン事件」は、アルバート・キャンピオンものの初期の作品ですが、各務三郎編の『クイーンの定員III』に入っている「綴られた名前」を読むと、そうそう傑作ばかり書いているわけではありません。キャンピオンが、深夜、路上に横転した車の前で逮捕されそうになるところから始まりますが、近所の貴族のパーティで起きた盗難事件を、拾った指輪一つから解決する話です。しかし、いくらなんでも、これはお手軽というものでしょう。ホームズならば「この指輪から分かるのは、持ち主の名前がジーナ・グレイだということだけだ」とワトスンを煙にまき、すぐに依頼人のジーナ譲がやってくるという展開で、最初の2ページくらいで使いきってしまうアイデアです。
 エレノア・サリヴァン編『世界ベスト・ミステリー50選』(実態は、EQMM50年間の傑作選ですが、それでも凄いことは凄い)に選ばれた「札を燃やす男」は、戦後も50年代に入ってからの作品ですが、話に入っていくところは、なかなか読ませます。生まれ育った街に舞い戻って、自分のブティックを出した女性の語りで、幼馴染の女性が、家業のレストランを守っている。旧交をあたため、頻繁に彼女の店で食事をするようになると、どうも、彼女には借金があると分かる。貸し手は、やはり昔からあるレストランの経営者で、彼女たちが子どものころから、いけ好かない男でした。その男、分割払いの借金の返済を、面と向かってでなければ受け取らず、しかも、受け取った札を彼女の目の前で燃やすというのです。札を燃やすという異様さは興味をそそるものの、それ以上のものはありません。
 アリンガムでもう一編読む価値があるのは「赤い文字」という作品です。キャンピオンが失恋した親友の舞台美術家をなぐさめています。街を歩くうちに、友人は少しずつ元気を取り戻し、たまたま、若くて貧乏だったころ住んでいた地区にさしかかり、何人かで間借りしていた下宿を見つけます。好奇心と懐かしさから入ってみると、鍵がかかっていない。ここの偶然は、いささか苦しい感じがしないでもありませんが、その後の展開が少々のことは帳消しにします。部屋でふたりは、壁の床に近いところに、赤い文字で「外に出して出して出して出して」とひたすら書いてあるのを見つけます。出してほしいのなら、なぜ、口に出さなかったのか、猿轡をされていたとしても、字が書けるなら猿轡をはずせるはずだという推理があって、ニヤリとさせます。文字を書くのに使った試供品の口紅棒が見つかり、そこからの推理がいささか強引なのが、この小説の玉に瑕ですが、いよいよ口紅の主に会いに行くと、大きな錯覚をしていたことが分かる。ここが、また膝を打たせるもので、論理のアクロバットが軽快に決まります。後半の展開はボカしておきます(キャンピオンたちイギリス人と違い、会いに行った女性がアメリカ人で、祖国との勝手の違いに戸惑うのも面白いところ)が、この後は一転してアクションになだれ込み、結末まで一直線です。ラストが謎解きで終わらないものの、中盤の膝を打たせるところに、アリンガムの実力が発揮されていると言えるでしょう。

 マイケル・イネスは、4人のうちで、いつのまにか、もっとも日本で翻訳されている作家になってしまいました。話を短編に限っても、それは変わりません。イネスの短編を、私はまったく読んだことがなくて、今回が初読のものばかりでした。創元推理文庫の『アプルビイの事件簿』を中心に読んだのですが、中で目立つのは、文庫の解説で戸川安宣さんが「文字通りAppleby Talkingというタイトルにぴったり」と評した、〈私〉にアプルビイが語って聞かせる短い手柄話です。戸川さんが指摘するように、ショートショートといってもいい。『アプルビイの事件簿』には「本物のモートン」「ロンバード卿の蔵書」のふたつが入っていますが、他にも「エメラルド」「魔法の絵」など、いくつもあります。この中では「ロンバード卿の蔵書」の犯人の企みが持つ毒が出色です。「魔法の絵」はブリューゲルの絵から発想したものでしょうが、各人の思惑が少しずつズレているのが工夫でしょう。これが「エメラルド」になると、名探偵の解決という形が、負担になっているように思います。「影の影」にも、そういうところはあります。ちょっとした話のオチにしかならないものは、話のオチとして使うのが、むしろ、自然で適切なように思います。これはイネスだけに限ったことではなくて、エドマンド・クリスピンの掌編などにも見られることです。また、昔、瀬戸川猛資が鮎川哲也の倒叙小説集『七つの死角』を、「時によると、単にスレッサー風のオチにすぎないのもある」と評したことも思い出しました。
 イネスの本業がシェイクスピアの研究だったことは広く知られていますが、「ベアリアスの洞窟」「ハンカチーフの悲劇」「罠」は、シェイクスピア研究家の側面が与っています。このうち「ベアリアスの洞窟」は上のショートショートに近い短い話でした。「罠」はハムレットを使った問題そのものが愉快でした。しかし、シェイクスピアものでひとつ採るなら「ハムレット異聞」でしょう。これは一言で言えば、ジェイムズ・サーバー「マクベス殺人事件」「ハムレット」版です。「ハムレット」ラストの剣戟のあと、なぜ死体をすぐに片づけてしまったのかという疑問をたてるのが、まず愉快で、以下、真面目くさって一連の殺人(が「ハムレット」に多いことは常識ですね)が計画的であることを考証していくのです。
『アプルビイの事件簿』は中編と呼ぶべき作品も入っていますが、あまり良い出来とは思えません。巻頭の「死者の靴」は、列車の中で左右の色違いの靴を履いた男がいるという謎めいた状況を口走る女性が現われ、他方、その列車の停車駅付近で、左右色違いの靴を履いた死体が見つかるという、一級品の発端です。おまけに死んだ男には尾行がついていて、最初は自殺としか見えません。解決はきちんとつけてあるのですが、手近ですませた感がなきにしもあらずなのと、仕掛けが大きいのが難点だと私には思えます。「家霊の所業」も中編といっていい長さですが、会話の多い進行がいささか鈍重で買えません。むしろ「テープの謎」「ヘリテージ卿の肖像画」くらいの長さのものが、出来は良くて、とくに「ヘリテージ卿の肖像画」は、まわりくどいイネスの書き方が珍しく邪魔になっていなくて、翻訳がユーモアを少し殺しているのではないかという疑いは残りますが、まずは佳品といっていいでしょう。
 巻末の「終わりの終わり」も中編ですが、唯一、第三短編集から採られたものです。ここにおいて、イネスは悠然とした筆致で、アプルビイ夫妻が、雪のため一夜の宿を求めた貴族の古城での、伝説と殺人の一夜を描きました。居合わせた怪しい客人たち、伝説の井戸での殺人と、それを可能にしたトリック、ラストのアクション、そういったものを淀みなく語るイネスの筆は熟練のものでしょう。そこには、それ以前の短編にはない、落ち着きがあることは確かです。しかし、時はすでに1966年になっていました。居城を観光客に開放せざるをえない貴族は、アップ・トゥ・デイトだったでしょうが、わずか3年後にはピーター・ディキンスンの『英雄の誇り』が出るのです。
 イギリスの短編ミステリは、アメリカのそれとは異なり、ある時期にドラスティックに変化したものでは、どうもないようです。


小森収(こもり・おさむ)
1958年福岡県生まれ。大阪大学人間科学部卒業。編集者、評論家、小説家。著書に 『はじめて話すけど…』 『終の棲家は海に臨んで』『小劇場が燃えていた』、編書に『ミステリよりおもしろいベスト・ミステリ論18』 『都筑道夫 ポケミス全解説』等がある。


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