秋梨惟喬 koretaka AKINASHI


『憧れの少年探偵団』のあとがきで書いた、「異次元ケーブルカーの秘密」の位置に入る予定だったのがこの作品です。新登場の鳥羽署長の立ち位置も明らかになりましたが、実はこういうことだったのですよ。
 このトンデモな密室トリックの原型は十年ほど前からあったものですが、それをどう生かせばいいのか悩んだ結果、このような内容になりました。
 ちなみに、未菜美や勝川君が物理トリック一般について、結構過激なことを言っていますが、あまり気にしないでください。連中が勝手に言っているだけなんです。作者だってもろこしシリーズでは物理トリックを使っていますからね。内心迷惑だな、と思っているんですよ、いやホント、今時の子供には困ったものです。
 未菜美や勝川君は、物理トリックを使った面白い作品をまだ読んだことがないんですね、きっと。中学生高校生になって、いろいろ読んでいけばわかってくれるんじゃないか、と期待しています。
 もっとも、針と糸のトリックに関しては、作者もほとんど飛ばし読みしているんですよね。 あー、可能だということになっているんだ、はいはいわかりました、っていう感じで。書く場合も、やはりメイントリックとしては使いません。が、他のトリックとの組み合わせ方によっては使えるとは思います。実際、作者も“偽書水滸伝”シリーズで、そんな作品を書いていますし。未発表ですが。いずれ発表できたらいいなと思っています。わりに自信作なので。

 期せずして今回は狩野雪世の巻になってしまいました。いやはや作者も驚く大活躍。それにつられて司馬君もそこそこ活躍することに。司馬君はもう彼女から逃げられないでしょうね。 まあ司馬君のようなタイプは、それも幸せなのかもしれませんけど。
 企画段階では、狩野さんは桃霞に残して別行動させる――曾我のポジションです――案もあったのですが、同行させてよかったようです。いや残れば残ったで、別の形で大活躍したのかな。
 狩野さんは作者が予想もしていない行動に出るので、コントロールが大変な一方、書いていてとても楽しいキャラクターです。アニメや漫画、或いはライトノベルで天然ちゃんが活躍する理由がわかる気がします。あれは受けるからではなくて、描いているのが楽しいのに違いありません。
 この先、油断をしていると今回以上に月岡君を喰ってしまうかもしれません。細心の注意が必要です――と言いながらも、司馬・狩野コンビのスピンオフも面白そうだな、などという誘惑も。いや断じて約束はしませんよ。

 あと意外な素顔を見せたのが交番の鈴木さん。『推理短編六佳撰』収録の短編「憧れの少年探偵団」(改稿して「クリスマスダンス」と改題)ですでに登場していましたが、名字しか決まっていない脇役で、いい人っぽかったのに、かつての姿や曾我との奇妙な関係が明らかになり、最終的にはあんなことに。この転身は担当の伊藤詩穂子さんの助言によるところ大です。 ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。

 新登場のキャラクターとしては、桃霞署の喜多川刑事。
 喜多川刑事のイメージ――大柄で四角い顔で人相が悪くて坊主頭――は、実は山崎努演じるところの“念仏の鉄”です。しかも『新必殺仕置人』版。『必殺仕置人』版の鉄は普段からダークで悪の臭いを撒き散らしているのに対して、『新仕置人』版は、内に闇を秘めながらも表面はポップな、それだけになお一層不気味な鉄です。
 今回は月岡君の推理を引き継いでの大活躍でしたが、ひょっとすると曾我や鈴木さん以上の曲者かもしれません。なんといっても大看板“喜多川歌麿”を背負っていますからね。今後は女性がらみの話の一つも――それはないか。それにしても念仏の鉄と歌麿をくっつけて、刑事にしてしまうこのセンス、自画自賛第二弾(第一弾は『憧れの少年探偵団』あとがき参照)ですね。
 念仏の鉄をご存じない方は、ぜひDVDなどをご覧ください。特に『新仕置人』は全四十一話すべてが傑作だというとんでもないシリーズです。

 さて、殺人事件NGの月岡芳人が「クリスマスダンス」以来の密室殺人事件に挑む、という意外に面倒臭い課題だったにもかかわらず、泣かせやわざとらしい成長物語になることもなく、いかにも桃霞少年探偵団物、な形で着地させられたと思っているのですが、いかがでしょう。
 ちなみに、探偵団が殺人事件を扱わないのは「クリスマスダンス」でそういう設定ができたから、というだけのことで、子供が主人公だから殺人事件はよくないとかいった理由ではありません。ましてや作者が“日常の謎”派だというわけでもありません――もろこしシリーズをお読みいただければ、一目瞭然ですね。
 だいたい、あえて“イヤミス”的な、思い切り後味の悪い展開にするというのも大人げないですしね。そもそも、めでたしめでたし的な解決は、もろこしシリーズも含めての、秋梨惟喬の作風ですし。
 とはいうものの、実はよく読んでいただくと、結構ダークな部分もあるはずなのですよ。一度読んだだけでは見逃してしまうかもしれません。何度か読んでいただくと、フローリングの小さな傷のように 妙にがりがりっと引っ掛かるところがあって、何だか気持ち悪くなるかもしれません。そうなっていただけると嬉しいです。多少狙っていますから。

 そんな感じで、意外に複雑な桃霞少年探偵団シリーズですから、今後殺人事件に出くわすことがないとは、作者も断言できません。のほほんと楽しくユルい少年探偵団ライフ満喫、という可能性も十分あります。
 夏休みが終わり、あと半年ほどで小学校卒業ですが、最後に別れがあるのか、或いは解散なのか――当たり前のようにそのままのメンバーで中学生編に移行してしまうのも、 これまた秋梨惟喬らしいですね!
 はてさてどういうことになりますか、ちょっとだけご期待ください。

(2012年8月6日)

秋梨惟喬(あきなし・これたか)
1962年8月17日岐阜県生まれ。広島大学文学部史学科(東洋史学)卒業。1993年「落研の殺人」が鮎川哲也編『本格推理2』に、1995年「憧れの少年探偵団」が北村薫・宮部みゆき選『推理短編六佳撰』に収録される(ともに那伽井聖名義)。2006年、秋梨名義による「殺三狼」で第3回ミステリーズ!新人賞を受賞。著書に『もろこし銀侠伝』『もろこし紅游録』『もろこし桃花幻』『憧れの少年探偵団』がある。




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