クランシー・ロスのシリーズをデミングが書いていたのは、彼のキャリアのほんの一時期にすぎません。それ以前もそれ以後も、ロスは前回書いたように、雑誌の時代の要請にしたがって短編を量産していきます。
「二種類の殺し」は52年の作品のようですが、十年以上経って日本語版EQMMに訳されたもので、おそらくEQMMに再録されたのでしょう。十年前に若い警官だったころ、主人公を慕っていた子どもが、青年となって、怪しげな私立探偵になった彼のもとへ相談に来ます。彼女のフィアンセが勤める輸入会社が、麻薬の密輸組織の隠れ蓑らしく、それに気づいたうえに、少々向う見ずにも、証拠の麻薬入り缶詰を隠してしまいますが、それを持って警察に駆け込む前に、逆に会社の上司殺しの罪で逮捕されてしまいます。
「追いつめられた男」は、マニイ・ムーンものです。酒場で絡んできた男がいて、乱暴狼藉の果て、かなり強引に逮捕されてしまう。勾留中に、その男が経営する会社の共同経営者が殺されて、一番の容疑者と分かります。自分への罠を察知していたに違いない男が、アリバイ作りに逮捕されたであろうことは分かるものの、男はさらに留置場に留まり、24時間以内に事件を解決したらムーンに1万ドル払うと持ちかけます。
「殺人会社」はFBIの捜査員が、大規模な殺人請負組織に潜入します。すでに、何人かの捜査員が殺されているというもの。「脱出経路」は、キューバ革命の直後、バチスタ政権が崩壊するドサクサに、大金を私してアメリカに逃げ込んだ旧政権下の大物を追って、主人公が、自ら亡命旧軍人を装ってロサンゼルスに潜入します。ともに、スパイ小説の時代に突入したのを、敏感に嗅ぎつけたかのような作品です。
 これらの作品は、通俗ハードボイルドが描くマンハントの様々なヴァリエーションを示しているとは言えますが、いかんせん、安直に書き流されたものが多い。むしろ、注目したいのは、日本語版マンハントの63年5月号です。この号は、リチャード・デミングの特集で、百枚の中編を含む五編を掲載しています。
「雪の山荘にて」は、負傷したギャングとその妻(看護婦でもある)と、ボディガードの三人が、シンジケートの追及の果てに、豪雪の中を電話もない山荘に逃げ込みます。ギャングの傷は想像以上に重く、やがて敗血症を起こします。ボディガードは雪の中を助けを求めに出ますが、道に迷ったあげく戻ってきます。ボスの美人の妻をストイックに見つめる(一部屋きりの山荘の中で湯あみをする)ボディガードの視線を、彼女は最初から感じています。閉ざされた空間での危うい均衡を、平穏な筆致で描くところ、ヘンリー・ケインのところで紹介した「失われたエピローグ」を、思わせないでもありません。
 また「わが愛・わが非情」は、離婚した妻の死を主人公が告げられます。子どもの親権を妻に取られていた男は、これを機に息子と暮らせると喜ぶが……という話ですし、「殺人の味」は、強盗を返り討ちにした男の裁判の背後に、見過ごされている可能性が暗示されています。「葬儀屋経営学」は、小さな村にライヴァルが開店して、経営危機に陥った二人組の葬儀屋が、霊柩車を救急車兼用にして、ヴォランティアで救急活動を行うことで、顧客確保に乗り出すという、人を食った話です。やがて、ライヴァルの葬儀屋も同じことを始め、談合の結果、めでたく経営安定と思いきや……という話。
 これらの三編は、53~55年の作品ですが、たとえば、ダールやエリンなら、もっと切れ味鋭い短編に仕上げていたかもしれません。あるいは、スレッサーなら、さらにコンパクトに、アイデアを生かしたかもしれません。とくに「殺人の味」「わが愛・わが非情」は、アイデアストーリイにしては、マンハント――通俗ハードボイルドや警察小説――の尻尾が残っていると読むことも出来るかもしれません。しかし、こうした行き方の短編が、あるいは「雪の山荘にて」のようなタネもシカケもないクライムストーリイが、すでに50年代のマンハントにおいても書かれているということは、記憶に留めておきましょう。そして、これらの短編を前にすると、この号の唯一の中編で62年の作品「消えた脅迫者」の、私立探偵が活躍する、どこから見ても通俗ハードボイルドという一編が持つ凡庸さが、自ずと際立つ結果になってしまっているのです。

EQMMコンテストの受賞作リスト(最終更新:2014年11月5日)


小森収(こもり・おさむ)
1958年福岡県生まれ。大阪大学人間科学部卒業。編集者、評論家、小説家。著書に 『はじめて話すけど…』 『終の棲家は海に臨んで』『土曜日の子ども』『本の窓から』、編書に『ミステリよりおもしろいベスト・ミステリ論18』 『都筑道夫 ポケミス全解説』 等がある。

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