ハロルド・Q・マスル(マシューないしはマスールの訳もあります)は、パルプマガジンから出た作家の最末期のひとりで、47年の『わたしを深く埋めて』が処女長編ですから、ヘンリー・ケインとともに、スピレーンの同級生です。主人公の弁護士スカット・ジョーダン(これもスコットの訳もあります)が、ニューヨークのペリー・メイスンと呼ばれることもあって、ヘンリー・ケインに比べると、より、ディテクションの小説としての妙味はあると言えるでしょう。
『名探偵登場6』に選ばれた「やもめ待ち」も、まず冒頭からして、何が起こるんだと読者に期待させるのに長けています。「そのご婦人の亭主はしきりと課外授業にいそしんでいるらしいのだが、こんな素敵な宿題があるというのに、男はどうして暖炉のそばを離れて行きたがるのだろう。それが私にはさっぱりわからなかった」という書き出しが、まず凝っていて、離婚問題をあつかうのを潔しとしないジョーダンが、旧知の計理士の紹介とあって、金離れのよい美人の依頼を引き受けるまでをテンポをよく語ります。夫は決まった日に逢引をしていて、ホテルも分かっている。そこを急襲して証拠を押さえる――おなじみの手段です。ところが、ジョーダンが現場に乗り込むと、男は死体となっていた……。スカット・ジョーダンは、ペリー・メイスンよりも、もうひとつ私立探偵に近くて、関係者の中を動きまわりながら、手がかりを組み合わせて犯人に到達します。
「そうは問屋がおろさない」は、邦題からお察しのとおり、マンハントに訳出された一編です。美人を家まで送ってきたところから小説は始まり、部屋で一杯やらないかとの誘いを、ジョーダンが断ります。美女はなおも積極的で、アパートのロビーで、ついキスしてしまうと「テクニックが凄」くて「フニャフニャして」くる。その刹那、片隅から彼女の夫が飛び出てきてジョーダンに殴りかかります。その男は、つい最近保釈で刑務所を出たばかりのギャングなのでした。その裁判を担当したのがジョーダンで、お抱え弁護士から、刑事事件は不慣れなのでと、ジョーダンに弁護の依頼が回って来たのです。ところが、出所して州外の銀行の貸金庫に預けてあった資金を、ジョーダンに回収を求めたところ、貸金庫は空っぽで、詳しく記録を調べてみると、ギャング本人のサインが貸金庫を利用した最後の日付に残っているのですが、その日はギャングが獄中にいた時期なのでした。
「贋ものは片づけろ!」は美人で金持ち(またしても)の女性の、逆玉の輿にのった男が愛想をつかされそうになっている。彼女が、歌っているクラブのバンドマスターとデキているのです。ニューヨークでは離婚は難しいというレクチュアがひとくさりあって――リノに行けばと男が訊ねると、ジョーダンが法律上の問題点を教授します――もともと、離婚訴訟に気乗りしないジョーダンですが、相手(つまり奥さん側の弁護士)が大手法律事務所と知って、俄然やる気になるというのが、当時のアメリカ人好みというものでしょう。ところが、出鼻を挫かれるような事態が起きてしまう。依頼人がクラブで使った紙幣が贋札で、財務省のGメンが同行を求めてきたのです。
 ニューヨークのペリー・メイスンと言われるだけはあって、些細だけれど奇妙な発端から、殺人事件へと広がっていくところは巧いものです。解決に意外性は乏しいのですが、そこに持っていくまでの素早さ、疾走感が、その点を埋めていて、私は読んでいて懐かしい感じがしました。現在のアメリカのミステリの厚さでは、この疾走感は味わえませんからね。
 ハロルド・Q・マスルの原文がどのようなものか、私は知りませんが、いざ訳すとして、たとえばガードナーを訳すのと、それほど違いがあるようには思えません。そんなマスルの邦訳の中で珍品と言えるのが、ハードボイルドミステリィ・マガジン63年10月号の「美人はオレにまかせてケレ」です。題名を見ただけで、のけぞる人もいるのではないでしょうか。書き出しはこうです。「この御婦人のダンナ様は家庭外性教育課程を、ちょくちょくお味わいになっておられるらしいが、つらつら思いめぐらすに心地よき我が家のイロリばたをはなれ、このステキなハタケを干あがらせてまで、ほかの女へ走らねばならぬ理由がどこにあるのか、ウブな僕にはトンと合点がいきかねることである」。
 お分かりですか? 「やもめ待ち」なのです。
 もしかしたら、です。「やもめ待ち」の訳文よりも、「美人はオレにまかせてケレ」の訳文の方が、マスルの原文のニュアンスを伝えているのかもしれません(それでも、この邦題はないと思いますが)。しかし、同時に、その下世話さは、あまりにわざとらしいものでした。そして、そうしたイメージによる誤解は、たとえば、ヘンリー・ケインの「失われたエピローグ」という、八百長を疑われ試合に敗れたボクサーの控室での一景を描いた佳品が、忘れ去られるという事態の一因になってはいなかったでしょうか? この小品は、あくまで一室内の人間模様の描写だけで、事件の顛末を語ってみせ、通俗版のヘミングウェイとでも呼ぶべき短編となっていました。ここでの通俗の意は、小説内で語りつくしていて、余情がないという程度の意味です。チェンバースも殺人事件も出てこない、このクライムストーリイが、今回私が読んだ中で、一番面白いものでした。
 そうそう。「美人はオレにまかせてケレ」の訳者ですが、テディ・片岡となっていました。

EQMMコンテストの受賞作リスト(最終更新:2014年11月5日)


小森収(こもり・おさむ)
1958年福岡県生まれ。大阪大学人間科学部卒業。編集者、評論家、小説家。著書に 『はじめて話すけど…』 『終の棲家は海に臨んで』『土曜日の子ども』『本の窓から』、編書に『ミステリよりおもしろいベスト・ミステリ論18』 『都筑道夫 ポケミス全解説』 等がある。

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