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 今回は、妻といっしょに宗像先生のご自宅で夕食をいただくという隔月の恒例行事と合わせてインタビューをした。毎回、写真のような多彩な手作り料理が振る舞われる。ぼくたちの日々の《食歴》はバレているから、野菜多めだ。おいしいのは言うまでもないし、見た目にも美しい。
 先生は子供の頃から料理を作るのが好きだった。そして先生の父親、妻にとっての祖父が医師ということもあり、食を通して人々の健康を守ることを自然と考えるようになったという。東京家政学院短期大学から女子栄養短期大学専攻科に進み、卒業後は病態栄養学の研究室に所属してから、東京にある山王病院や半蔵門病院で長年勤務し、今も病院や企業の栄養コンサルタントをしている。そのあいだに講演や講義、取材をこなしつつ、テレビやラジオへの出演、さらには執筆と、管理栄養士の第一人者として日々精力的に活動している。
 宗像先生の著書は多い。近著の『カラー版一品料理500選治療食への展開』は管理栄養士の育成コースの授業でも使われている。
 管理栄養士は国家資格で、ここ数年は管理栄養士国家試験を二万人が受験して半数が合格している。1980年代には五千人ほどだった受験者数が、食に対する関心の高まりから、1994年には一万人を超え、2000年には二万人を超えている。病院や学校以外でも、官公庁や民間企業で栄養指導することも多い。

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 宗像先生が作った言葉に《食事力》がある。食事をするにも能力があるのだということを一言で表している。好き嫌いや曖昧な知識だけで食べるものを選んでいれば栄養は偏り、体調を崩しやすくなる。《食事力》が低いということだ。
 そうして自らの《食事力》に応じた食事を続けた日々の結果が《食歴》となっていく。過去の《食歴》は変えられないが、未来の《食歴》は自分の手でこれから書いていくものだ。
 宗像先生に日々の食事を作ってもらうわけにはいかない。《食事力》をつけるためにはどうすればよいのだろう。
「まずは最新の知識を知りましょう。多くの管理栄養士が講演をしていますし、本や新聞、雑誌、インターネットでも情報を発信しています。その知識を毎日の食事を通して実践していくことが大切です」
 言葉は現実に焦点をあてて、ぼくたちの想像の助けになってくれる。「食事」という一語で名指しされる現実は広大すぎる。「食事力」や「食歴」という言葉によって、点を線に、線を面にして、現実を多面体として記述していくのだ。
 むろん、言葉だけでは十分ではない。
 必要な栄養素は一応数値化されているが個人差はあるし、まして味付けなんて個々人の好みの問題であって――好みの最大公約数がレシピに載っている味付けなのだろうが――なかなか数値化することも言語化することも難しい。
 しかも食欲がない人でも食べられるものというのは雲をつかむような話で、数値化も言語化もできそうもない。
 言葉は多人数のあいだで使われ、理論は普遍妥当性を強く求める。個々人の繊細な差異はどうしても掬いきれないのだ。
 とはいえ言葉や理論が無力というわけではない。
 理論から導き出すことは難しい「バナナシェイク」というアイデアも言葉だ。宗像先生だってメニュー名を知らなければ、思いつかなかったに違いない。料理をするためにも言葉は必要で、材料にも手順にも名前がついている。
 食事は日々の活動を支えると同時に、身体そのものになっていく。という理解だって、言葉なしには成り立たない。
 結局ぼくたちは言葉や理論から離れることはできない。それどころか、「バナナシェイク」のような《理論に含まれない言葉》に至るために、言葉や理論は欠かせない。バナナシェイクはもちろんその人の食事制限の条件を満たしていた。言葉や理論の重要性はいまさら言うまでもない。
 ではどうすれば理論から《バナナシェイク》に至ることができるのか。いかにして普遍から特殊は生じるのか。
 管理栄養士のカリキュラムは理論と実習の二つに分けられる。栄養学や医学の理論を学ぶと共に、自分で栄養計算した献立を調理するという実習を重ねていくわけだ。
 最近は実習よりも理論を重視する傾向があるという。医学的な知見が増えているから仕方ないのだろうが、宗像先生は実習の重要性を強調する。
 ひとりひとりの病状と味覚に合わせた食事を作るためには、理論で導き出された条件を満たすだけでは足りない。理論的な条件を満たしつつ、たったひとつのメニューを見出すためには、目の前にいる他者への思いやり――想像力が必要不可欠となる。
 そして先生の思いやりとしての想像力は、膨大な理論と合わせて、自分の調理技術によって支えられている。自分が作るものがどの栄養素を含んでいて、どのような味がするのかは、理論と実習の繰り返しで身につくものだ。宗像先生は今も最先端の研究を続けながら、日々料理を作っている。
 理論と実践の反復によって支えられた想像力は、理論的な条件や実践上の問題を解決するだけではない。《バナナシェイク》は、食欲がないという人に対して、食欲そのものを作り出したのだった。そのような創造性がなければ想像力とは言えない。
 ぼくが探している《新しいSFの言葉》にしても、どれほど理論的に補強しても、あるいはどんなに詳細な取材をしても、ぼくたちにとって創造的でなければ何の意味もない。
 そしてぼくたちにとって創造的な言葉とは、ぼくたちの思考の一部として身体化して、思考を活性化させ、さらに次の言葉を生み出すきっかけとなるような言葉のことだろう。

(※次回、ゲーム美学の研究者にインタビューしてきます。)

宗像伸子(むなかた・のぶこ/管理栄養士・東京家政学院大学客員教授・ヘルスプランニング・ムナカタ主宰)
1940年静岡県出身。東京家政学院短期大学卒、女子栄養短期大学専攻科修了。1962年より山王病院栄養部勤務。1973年より半蔵門病院栄養部勤務、2005年まで顧問。1988年、ヘルスプランニング・ムナカタ設立。1994年、栄養改善や栄養指導で功績が認められた人に贈られる国民栄養協会「有本邦太郎賞」受賞。1999年~2010年、東京家政学院短期大学の非常勤講師として臨床栄養学実習を担当、現在は客員教授。正しい食生活のあり方を中心に、それぞれのニーズに合わせて全国各地で講演中。著書は『カラー版一品料理500選治療食への展開』他多数。ウェブサイトはhttp://www.munakata.co.jp

(2016年11月7日)



■ 高島 雄哉(たかしま・ゆうや)
1977年山口県宇部市生まれ。徳山市(現・周南市)育ち。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、「ランドスケープと夏の定理」で第5回創元SF短編賞を受賞(門田充宏「風牙」と同時受賞)。同作は〈ミステリーズ!〉vol.66に掲載され、短編1編のみの電子書籍としても販売されている。2016年10月劇場公開の『ゼーガペインADP』のSF設定考証を担当(『ゼーガペイン』公式ページはhttp://www.zegapain.net)。



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