去る2014年8月30日(土)、ベルサール飯田橋駅前において第5回創元SF短編賞贈呈式およびトークイベントが行なわれました。

 今回は史上初となる二作同時受賞。「風牙」『ミステリーズ!』vol.66に掲載)で受賞された門田充宏(もんでん・みつひろ)氏と、「ランドスケープと夏の定理」『さよならの儀式 年刊日本SF傑作選』に収録)で受賞された高島雄哉(たかしま・ゆうや)氏に、小社社長・長谷川晋一より賞状と記念品の懐中時計が贈呈されました。



 なお受賞作はそれぞれ、単体の電子書籍として販売中です。
「風牙」Kindle版販売ページ
「ランドスケープと夏の定理」Kindle版販売ページ



 贈呈式のあと、選考委員である大森望氏、日下三蔵氏と司会役の編集部・小浜徹也が登壇して、トークイベントの開始です。


トークショー
小浜「さて、第5回創元SF短編賞の全体的な印象はいかがでしたか?」
日下「かなりレベルが底上げされて、一次選考の段階でも箸にも棒にもかからない作品というのが減りましたね。読む側としてはそれだけ時間もかかるようになって、うれしい悲鳴なんですが。
 最終に残った作品で言うと、どれも一長一短があったと思います。文句なしに受賞という作品はなく、その中で残った2作がほぼ一騎打ち、という感じになりました。最初は瀬名さんと大森さんが「ランドスケープと夏の定理」を推して、僕が「風牙」を推すという形に」
大森「そこで小浜さんが「ランドスケープ」を推すと、瀬名さんがそれに反発するという」
小浜「「ランドスケープ」を書いた高島雄哉さんは、去年(第4回)の最終選考にも残っていました。実は、去年の最終選考のあとにもう1本べつの短編を読ませてもらったんですが、それはあまりよくなかったんですね。ところが、そのあとに今回の短編賞に応募されてきた「ランドスケープ」がまったく違うタイプの作品で、これはいいなと思った」
大森「ところが、小浜さんがその事情を説明して「高島さんは自分で直せる人だから」と言ったことに、瀬名さんが反発した。学術論文でいえば、査読する側と査読される側に面識があるのはおかしい、と」
小浜「ただ、それを言っていると、知っている人だとデビューできないことになってしまうので……」
大森「結果的に二作受賞という形に落ちつきましたが」
小浜「どちらの作品も、改稿でかなり長くなりましたね。「風牙」が120枚、「ランドスケープ」が150枚」
大森「おかげで『さよならの儀式』もかなりギリギリの厚さに」(笑)
日下「そうそう。あれだけ最終選考会が延びたのは、受賞作を《年刊日本SF傑作選》に収録する、というこの賞の規定も理由でした。他の賞なら二作受賞で収まるところですが、100枚クラスの作品をアンソロジーに2作入れるのはさすがに難しいんです」
小浜「それで受賞者にご了解をいただいて、片方を『ミステリーズ!』に収録するという、やや変則的な形になりました。
 ところで大森さんは、今回の印象はどうでしたか」
大森「選ぶ側からすると、『原色の想像力』がないと、おもしろいけどアンソロジーに載せればいいか、という評価ができなくなって難しい。ただ、今回の最終候補はアンソロジーが出せるほど粒ぞろいというわけではなかった。「そのまま埋もれさせるのは惜しい」という作品も、何本かあったんですが」


小浜「そうそう、第2回創元SF短編賞受賞作の酉島伝法「皆勤の徒」が英訳されたんでした。ハイカソルというアメリカの出版社から9月に出る、PHANTASM JAPANというアンソロジーに収録されました。2012年に出た『FUTURE IS JAPANESE』(ハヤカワSFシリーズJコレクションで邦訳あり)というアンソロジーの第2弾ですね」
大森「日本作家と海外作家の作品がだいたい半々で入っているアンソロジーです。創元で訳さないの?」
小浜「大森さんが「皆勤の徒」を訳すの?(場内笑)そういえば短編集の『皆勤の徒』が出たとき、「あれは英訳できないだろう」という人が多かったですね」
大森「みんな翻訳というものをなめている(笑)。「皆勤の徒」は、英訳するとわかりやすくなるパターン」
小浜「造語関係だけは酉島さんから用語集を提供したそうですが、文章自体はきわめて明確に書かれているので、その翻訳は難しくない」
大森「翻訳者という、作者とは別の解釈フィルターを通すことで、筋が通ってわかりやすくなる。(今年『ブラインドサイト』で星雲賞を受賞した)ピーター・ワッツも、星雲賞受賞のビデオスピーチのなかで「本国では賞を取らなかったけど翻訳ではいろんな国で賞を取った、翻訳者のおかげだ」と冗談半分で言っていた」(場内笑)【動画はこちらです


 ここで、受賞者である門田充宏氏と高島雄哉氏が、あらためて登壇されました。

トークショー
小浜「ではそろそろ、受賞者のお話をお伺いしましょう。門田さん、まずはSFを読みはじめたきっかけを」
門田「小学生の時、父親がなぜか小松左京『青い宇宙の冒険』を買ってきてくれたのが最初ですね。おもしろくて、そこから『見えないものの影』豊田有恒『時間砲計画』を読んだんですが、その後はホームズや横溝正史にいってしまって、SFは読まなくなりました。
 でも高校生になってから、友だちに「近くでSF大会が開催されるから行こうぜ」と誘われて、EZOCON2(1984年に北海道・定山渓温泉で開催された日本SF大会)参加したんです。すごく面白かったんですけど、SFを全然読んでいなかったからわからない話が沢山あった。それがくやしくて、SFを読もうと思ったんです。それで最初に読んだのが《ペリー・ローダン》
小浜「当時、人気の絶頂期でしたからね」
門田「でも50巻目くらいまで読んだところで、ひょっとしてこれを読むだけで一生が終わってしまうんじゃないかと気づいた(場内笑)。それからアーサー・C・クラークロバート・A・ハインラインを読みはじめて……新刊をリアルタイムで読むようになったのは、J・P・ホーガンバリントン・J・ベイリーのころです」
大森「高校生のときですね」
門田「でも就職してから、また本を読まなくなったんです。ところが昨年病気をしまして……それまでは退職してから読めばいいやと思っていたんですが、死ぬかもしれないと思って、我慢するのをやめようと思った。しかし本屋に行ってみたら、知っているSF作家がひとりもいない。そのときたまたま、Kindleで創元SF短編賞受賞作が単体で売られていることを知ったので、第1回(松崎有理「あがり」)から順番に読みはじめて、そこからアンソロジーへ。それで、むかし小説を書いていたこともあって、自分で応募してみようかと思いました」
日下「最初に応募したのが、創元SF短編賞ですか?」
門田「いえ、リハビリがてら短い作品を書いて、星新一賞に送りましたが、箸にも棒にもかからず。その次に150枚程度の作品を書き上げたんですが、これは自分でダメだなと思って、ボツにしました。それから1カ月半くらいで書いたのが「風牙」です。こちらは手応えがあったというか、一次選考を通過してくれるといいなという感じだったんですが」
小浜「「風牙」は、その前後の期間にあたる話も考えながら書いたそうですね」
門田「この登場人物は昔なにをやっていたんだろう、これからどうなるんだろうというのが気になるので、シノプシスを考える段階でどんどん話ができていく感じですね」
大森「受賞作の直接のインスパイア元はありますか?」
門田「すごく遠いんですけど、ジョージ・アレック・エフィンジャー『重力が衰えるとき』です。あれと似てしまってはいけない、と思いながら書きました」
大森「エフィンジャーとは全然似ていないけどね(笑)あれは記憶に潜ったりもしないし」
小浜「まあ、何かにインスパイアされて書いたとしても全然別の作品になるという人は多いですね。選評を読んでどう思われました?」
門田「書いている間は、自分ではまったくサイコダイバーものだとは思っていませんでした。選評で言われて、ああそうかと」


トークショー
小浜「それでは高島さん。SFを読みはじめたきっかけは?」
高島「子供のころ父親がずっと入院してまして、田舎の祖母に連れられて映画館に行っていたんですね。『ブレードランナー』『ゴーストバスターズ』あたりから見始めたんじゃないかと。小学校のころ、合気道の稽古に通う前に図書館に寄る習慣ができて、最初は推理小説を読んでいたんですが、中学のころにJ・P・ホーガン『星を継ぐもの』を誰かに教えてもらって読んだのが、本格的な出会いですね」
日下「どちらかというと翻訳もので育った感じですか」
高島「そうですね、大学生で小説を書き始めたころに読んでいたのはグレッグ・イーガン『宇宙消失』とか……国内では瀬名秀明さんと、池澤夏樹さん。小松左京も読んでいたんですが、『日本沈没』のあと筒井康隆「日本以外全部沈没」を読んでから筒井康隆にいってしまったので(笑)、だから(選評で言及があった)『虚無回廊』を読んでいないんです。受賞作の続きを書き終えたら読みたいですね」
小浜「受賞作についていうと、こういう理屈をこねるタイプのSFってしばらくなかったなというのと、そこにライトノベル的な人物配置を持ってくるところが構造的におもしろいですね。しかし妹が、主人公の性別の違う分身だったり、実はとてもおかしな人間関係なんじゃないかと」
高島「そうですね、姉よりも主人公のほうが実は変な人物だと思います。魂というものにこだわったりしない姉のほうがすっきりしているんですが、主人公には微妙な問題に立ち向かってほしいので、こういう設定です」
(ここから作品の話が続きますが、ネタバレを含むので省略)


小浜「このあたりで受賞者のお二方に、お互いの作品をどう思うかをお伺いしましょう」
門田「絶対に自分には書けない作品だなと圧倒されました。ここまでの理屈は立てられないし、ここまで到達できるのかと。自分が行けるところが狭くて、周りに行けない山がたくさんあるなと」
小浜「ただ、門田さんは受賞後の改稿のときに設定などでわかりにくいところを質問したら、すぐに埋めてきてくれましたよね。設定は最初からこまかく考えていたということ?」
門田「そうですね。応募段階で一度、枚数に収めるために削っているので。説明するのが格好悪いという感覚もありましたが」
小浜「高島さんはどうでしたか?」
高島「僕のほうこそ、(「風牙」のような作品は)自分には書けないと思いました。本当は自分でも、流れるような完成された美しい小説にしたいんですけど……まだできていない(笑)」
大森「そういえば高島さんは、去年書いた別の作品に対して小浜氏から送られてきた感想というか助言のメールをトイレの壁に貼って、毎日毎日それを読んでいたとか(笑)」
高島「とても長いメールでしたね。ワードで印刷したら4枚分くらいになった」


 といったあたりで今年のトークショーもお開きに。
 閉会後は、SF作家・中井紀夫氏が経営されている「Barでこや」で恒例の懇親会を行ないました。


 ゲスト選考委員に恩田陸氏を迎える第6回創元SF短編賞は、ただいま応募受付中。みなさまのご応募をお待ちしております。


(2014年10月21日)





ミステリ・ファンタジー・ホラー・SFの専門出版社|東京創元社